エピソード23
side九条理央
唯の病室に着くと、微かな話し声が聞こえてきた。
「誰か先にお見舞いに来てるのかな」
そう思いながら、ドアに手をかけると、
「あ……りが……ます」
「い……お礼……ろ……よ」
なんだ?
何やら話し込んでいるみたいだ。
それよりこの声は……。
「……あなたの夢は叶ったわよ」
「……!!」
さっきの言葉ははっきりと聞こえた。
どういうことだ?
夢……。
これは俺が回帰する前に聞かれた質問だ。
唯の夢って……?
いや、それよりこの人は誰なんだ。
「じゃあまたね」
そう言って部屋から白銀有栖が出てきた。
「有栖さん……!」
彼女を呼んだ瞬間、驚いたような顔をしていた。
「……どうして覚えてるの!」
「てことは……やっぱり記憶を消してたんですね。でもどうしてそんなことを!」
「……ここで話すことではないわね。場所を変えましょう」
それから俺たちは俺たちは屋上へと向かった。
「ここなら誰も居ないわね」
「……」
「さて、何から話そうかしら」
「……ずっと気になってたことがあります」
「何?」
「有栖さんは、俺が回帰者であることを知っていた。そして未来のことも知っていた」
「……」
「有栖さんは一体……何者なんですか?」
有栖さんには不可解な点が幾つかあった。
まず、俺が回帰しているということを知っていること。
次に、唯の未来を知っていたということ。
そして……過去に有栖さんと出会ったことはなかったということ。
だから俺は一つの仮説を立てたが、その仮説が本当に正しいのか、有栖さんに直接確認したかったのだ。
「私の正体ね……本当は気付いてるんじゃない?」
「有り得ないことだっては分かってます。でも……」
「でも、実際に回帰している人がいる。それが起こりうるなら、有り得ないことはないんじゃない?」
確かにその通りだ。
「俺を回帰させた張本人……ですよね」
「……えぇ」
やっぱり……。
でもどうして?
何のために?
「どうしてですか? どうしてそこまでしてくれたんですか? 俺たちは何の関係もない、あなたにとって何も得になることはなかったはずです」
「そうね……。何も関係はないわよね。少なくとも今は」
有栖さんは最後まで意味深なことを言う。
「どういう意味ですか?」
「この際だからもう一つ教えてあげる。回帰したのはね、あなただけじゃないのよ」
俺以外にも回帰をした人がいる?
俺が知っている人で、過去と違う行動をとっていた人は……。
「……! それってつまり……」
「そう。東雲唯も回帰しているの」
やっぱり。
でも彼女はそんな素振りを見せなかった。
「それじゃあ唯はどうして何も覚えていないんですか!!」
「あなたは回帰する代わりに悪夢を見るという代償を負ったでしょ? 彼女も願いを叶えるために代償を負ったの」
そうだ。
俺は前世の夢をよく見ていた。
そのせいで辛かった出来事をなかなか忘れることができなかった。
「それが唯にとっては記憶を失うことだったんですか?」
「そういうこと」
初めて会った時に何も反応がなかったのはそういうことだったのか。
「……彼女は、唯は何を願ったんですか?」
「彼女は幸せになりたい、そう願ったわ」
幸せになりたい、か……。
前世の俺は彼女の願いを叶えることができなかった。
「確かに……幸せになるためなら、あの時のことは忘れた方が良かったかもしれませんね」
「それに、大切な人を失いたくないとも言っていたわ」
唯……。
つくづく俺は唯のことを何も分かっていなかったんだと実感する。
「大切にしてあげてね? 2人は同じ気持ちだったんだから。ただお互い上手く気持ちを伝えられなかっただけ。本来、人生は一度きりなんだから、悔いを残さず生きなさい」
彼女がそう言った途端、体が透けるように薄くなっているのに気が付いた。
「……!! 有栖さん!」
彼女が白い光に包まれていく。
「もうそろそろ、時間みたいね。本当はあなた達ともっと一緒に居たかったんだけど……」
時間ってどういうことだ?
だんだん声も聞こえにくくなる。
「ごめんね。私が介入しちゃってさらに辛い思いをさせたよね……」
「そんな事ないです! 有栖さんは……俺たちにチャンスをくれました!俺のことも支えてくれて、感謝してもしきれません!」
「……そう言ってもらえると心が楽になるわ」
今にも消えそうになっている彼女が、優しい声で応える。
そして最後に、更に驚くべき真実を知ることになる。
「もう一つ……言い残したことが……私の、名前」
「名前がどうしたんですか!」
「本当は……白銀有栖じゃないの……私の……本当の名前は……」
彼女は最後の力を振り絞ってこう言った。
「……九条……有栖」
「……!!」
その言葉を残して彼女は消えてしまった。
最後に見せた笑顔は、驚く程唯に似ていた。
そういうことだったのか。
「有栖さんは未来から来たんだな」
そうとなれば全ての辻褄が合う。
有栖さんが俺たちの未来を知っていたこと。
俺が彼女を覚えていなかったこと。
そして、彼女が俺たちを救ってくれたこと。
彼女の行動には、全て意味があったんだ。
「……ありがと、有栖」
俺は、彼女が消えた場所に向かって、そう呟いた。
病室へと戻る途中、唯の母親に呼び止められた。
「あなたが理央くんよね?」
「はい。そうですが」
前世で話したことはあったが、今世では初めて話すので少し緊張する。
「これ……。唯から預かっていたの。手術が成功してもし記憶を失っていたら、これをあなたに渡してほしいと」
これは……唯からの手紙か?
唯の母は話を続けた。
「不躾なことを聞くようだけど、うちの唯とはどういう関係かしら」
唯と俺の関係……。
どんな関係と言えばいいのだろうか。
恋人でもなければ友達というのもおかしな関係。
この関係性に名前をつけるのは難しい。
「俺が……一方的に好きなだけです」
母親相手にそんなことを言うのはおかしく思えたが、間違ってはいないので、俺は正直に答えた。
「一方的に……。本当にそうかしら? 少なくとも唯はあなたに好意を抱いているはずよ。私も唯からあなたの話を聞いて、一度会ってみたいと思っていたから」
唯が俺に好意を抱いている?
そんな風には見えなかった。
でも、それが本当なら……。
「それが事実だったら嬉しいですね」
「手紙に唯の気持ちが綴られているはずよ。唯がどうしても伝えたかったことだと思うの。あなたにこんなお願いをするのもおかしいけれど、唯のこと幸せにしてあげてね」
その言葉に俺はただ静かに頷いた。
そしてその手紙を受け取り、俺は唯が書いた手紙に目を通した。
side九条理央
唯の病室に着くと、微かな話し声が聞こえてきた。
「誰か先にお見舞いに来てるのかな」
そう思いながら、ドアに手をかけると、
「あ……りが……ます」
「い……お礼……ろ……よ」
なんだ?
何やら話し込んでいるみたいだ。
それよりこの声は……。
「……あなたの夢は叶ったわよ」
「……!!」
さっきの言葉ははっきりと聞こえた。
どういうことだ?
夢……。
これは俺が回帰する前に聞かれた質問だ。
唯の夢って……?
いや、それよりこの人は誰なんだ。
「じゃあまたね」
そう言って部屋から白銀有栖が出てきた。
「有栖さん……!」
彼女を呼んだ瞬間、驚いたような顔をしていた。
「……どうして覚えてるの!」
「てことは……やっぱり記憶を消してたんですね。でもどうしてそんなことを!」
「……ここで話すことではないわね。場所を変えましょう」
それから俺たちは俺たちは屋上へと向かった。
「ここなら誰も居ないわね」
「……」
「さて、何から話そうかしら」
「……ずっと気になってたことがあります」
「何?」
「有栖さんは、俺が回帰者であることを知っていた。そして未来のことも知っていた」
「……」
「有栖さんは一体……何者なんですか?」
有栖さんには不可解な点が幾つかあった。
まず、俺が回帰しているということを知っていること。
次に、唯の未来を知っていたということ。
そして……過去に有栖さんと出会ったことはなかったということ。
だから俺は一つの仮説を立てたが、その仮説が本当に正しいのか、有栖さんに直接確認したかったのだ。
「私の正体ね……本当は気付いてるんじゃない?」
「有り得ないことだっては分かってます。でも……」
「でも、実際に回帰している人がいる。それが起こりうるなら、有り得ないことはないんじゃない?」
確かにその通りだ。
「俺を回帰させた張本人……ですよね」
「……えぇ」
やっぱり……。
でもどうして?
何のために?
「どうしてですか? どうしてそこまでしてくれたんですか? 俺たちは何の関係もない、あなたにとって何も得になることはなかったはずです」
「そうね……。何も関係はないわよね。少なくとも今は」
有栖さんは最後まで意味深なことを言う。
「どういう意味ですか?」
「この際だからもう一つ教えてあげる。回帰したのはね、あなただけじゃないのよ」
俺以外にも回帰をした人がいる?
俺が知っている人で、過去と違う行動をとっていた人は……。
「……! それってつまり……」
「そう。東雲唯も回帰しているの」
やっぱり。
でも彼女はそんな素振りを見せなかった。
「それじゃあ唯はどうして何も覚えていないんですか!!」
「あなたは回帰する代わりに悪夢を見るという代償を負ったでしょ? 彼女も願いを叶えるために代償を負ったの」
そうだ。
俺は前世の夢をよく見ていた。
そのせいで辛かった出来事をなかなか忘れることができなかった。
「それが唯にとっては記憶を失うことだったんですか?」
「そういうこと」
初めて会った時に何も反応がなかったのはそういうことだったのか。
「……彼女は、唯は何を願ったんですか?」
「彼女は幸せになりたい、そう願ったわ」
幸せになりたい、か……。
前世の俺は彼女の願いを叶えることができなかった。
「確かに……幸せになるためなら、あの時のことは忘れた方が良かったかもしれませんね」
「それに、大切な人を失いたくないとも言っていたわ」
唯……。
つくづく俺は唯のことを何も分かっていなかったんだと実感する。
「大切にしてあげてね? 2人は同じ気持ちだったんだから。ただお互い上手く気持ちを伝えられなかっただけ。本来、人生は一度きりなんだから、悔いを残さず生きなさい」
彼女がそう言った途端、体が透けるように薄くなっているのに気が付いた。
「……!! 有栖さん!」
彼女が白い光に包まれていく。
「もうそろそろ、時間みたいね。本当はあなた達ともっと一緒に居たかったんだけど……」
時間ってどういうことだ?
だんだん声も聞こえにくくなる。
「ごめんね。私が介入しちゃってさらに辛い思いをさせたよね……」
「そんな事ないです! 有栖さんは……俺たちにチャンスをくれました!俺のことも支えてくれて、感謝してもしきれません!」
「……そう言ってもらえると心が楽になるわ」
今にも消えそうになっている彼女が、優しい声で応える。
そして最後に、更に驚くべき真実を知ることになる。
「もう一つ……言い残したことが……私の、名前」
「名前がどうしたんですか!」
「本当は……白銀有栖じゃないの……私の……本当の名前は……」
彼女は最後の力を振り絞ってこう言った。
「……九条……有栖」
「……!!」
その言葉を残して彼女は消えてしまった。
最後に見せた笑顔は、驚く程唯に似ていた。
そういうことだったのか。
「有栖さんは未来から来たんだな」
そうとなれば全ての辻褄が合う。
有栖さんが俺たちの未来を知っていたこと。
俺が彼女を覚えていなかったこと。
そして、彼女が俺たちを救ってくれたこと。
彼女の行動には、全て意味があったんだ。
「……ありがと、有栖」
俺は、彼女が消えた場所に向かって、そう呟いた。
病室へと戻る途中、唯の母親に呼び止められた。
「あなたが理央くんよね?」
「はい。そうですが」
前世で話したことはあったが、今世では初めて話すので少し緊張する。
「これ……。唯から預かっていたの。手術が成功してもし記憶を失っていたら、これをあなたに渡してほしいと」
これは……唯からの手紙か?
唯の母は話を続けた。
「不躾なことを聞くようだけど、うちの唯とはどういう関係かしら」
唯と俺の関係……。
どんな関係と言えばいいのだろうか。
恋人でもなければ友達というのもおかしな関係。
この関係性に名前をつけるのは難しい。
「俺が……一方的に好きなだけです」
母親相手にそんなことを言うのはおかしく思えたが、間違ってはいないので、俺は正直に答えた。
「一方的に……。本当にそうかしら? 少なくとも唯はあなたに好意を抱いているはずよ。私も唯からあなたの話を聞いて、一度会ってみたいと思っていたから」
唯が俺に好意を抱いている?
そんな風には見えなかった。
でも、それが本当なら……。
「それが事実だったら嬉しいですね」
「手紙に唯の気持ちが綴られているはずよ。唯がどうしても伝えたかったことだと思うの。あなたにこんなお願いをするのもおかしいけれど、唯のこと幸せにしてあげてね」
その言葉に俺はただ静かに頷いた。
そしてその手紙を受け取り、俺は唯が書いた手紙に目を通した。