エピソード22
side九条理央
『どうして此処に……?』
何かを忘れている気がする。
扉をノックする音が聞こえ、医者が入ってきた。
『目を覚まされましたか。あなたは事故に遭われたんです。覚えていますか?』
その時、強い衝撃が頭に走る。
『うっ……!』
思い出した。
俺は事故に遭って、それから……。
『……ッ! 彼女は? 唯はどこにいますか!?』
彼は悲しそうな顔をしながらこう言った。
『東雲唯さんは……お亡くなりになりました』
その瞬間、目の前が真っ暗になったのが分かった。
『嘘……だろ』
どうしてこんなことに……。
俺のせいで唯は……。
あんなことを言ってしまったから。
『……その、最近東雲さんの様子に違和感はありませんでしたか?』
違和感といえば……。
『いつも笑顔だった彼女が、急に暗くなってしまって……。俺とも距離を置くようになって』
上手く伝えられないけど、最近の唯は様子がおかしかった。
『九条さん、申し訳ありません。彼女に言わないでほしいと言われていたので、このような形でお伝えすることになったのですが……。東雲唯さんは、悪性脳腫瘍を患っていたのです』
『……そんな! じゃあ……この事故がなくても、いずれ唯は……』
『はい。発見するのが遅くなってしまったため、我々も手の施しようがありませんでした。あなたに心配はかけたくないと、秘密にするよう強く頼まれていました』
『そんな……』
でもそれって、結局俺のせいじゃないか。
俺がもっと早くに気が付いていれば。
しっかりと向き合っていれば。
唯が強がりってことは、誰よりも知っていたはずなのに。
『彼女、診察の度にあなたのことを話していましたよ。思い出話や出会えてよかったということ。すごく楽しそうに話されていました』
『そう……ですか』
そういえば、唯は最後の瞬間クリスマスローズの花束を抱えていた。
花言葉は……。
『……きっと、唯は俺に病気のことを打ち明けようとしていたんだと思います。それなのに俺は……』
考えることが多すぎて、頭が痛くなる。
『すみません。少し一人にしてもらえますか?』
『……分かりました。では安静にしていてくださいね』
頬に冷たいものが流れるのを感じた。
それが涙ということを自覚するのに時間はかからなかった。
あぁ、唯……。
こんなダメな夫でごめんな。
全部やり直せるなら……なんとしてでもこの未来を変えてみせるのに。
そんなことはできないと分かっているのに、「時間が巻戻ればいいのに」と思ってしまう自分がいた。
***
夢を見ていた。
暗くて……悲しい、誰も報われない夢。
いや、あれは夢じゃない。
これまで見てきた悪夢とも少し違う。
あれは……俺が望まなかった未来なのか?
もし、俺が何もしていなければ、あんな未来になったんじゃないだろうか。
そういえばあの時の声。
俺が回帰する前に聞いたあの声は「白銀有栖」のものだった。
だからあんなことを言ったのか?
彼女は全てを知っていたのだろうか。
「あ、あの……」
その時、唯の声が聞こえ、俺は勢いよく顔を上げた。
「……!!」
生きている……。
唯が間違いなく生きている。
「唯! 良かった。目を覚ましたんだな。ちょっと待ってろ。今樹たちにも連絡するからな」
唯が……生きている。
すごく嬉しい。
でも彼女の様子がおかしい。
「あの!」
「どうした?」
「すみません。唯って誰ですか……? それにあなたは……」
「え……」
強い衝撃が走った。
唯が何も覚えていない?
俺のことも……。
手術の後遺症で記憶障害が起こる可能性は聞いていた。
だからある程度は覚悟していた。
それでも……
「やっぱキツイな……」
「何か言いましたか?」
「あ! いやなんでもない」
俺は何贅沢なこと考えているんだ。
唯が助かった。
それだけ十分じゃないか。
記憶は……少しずつ取り戻していけばいい。
「唯、君の名前だよ。君の名前は東雲唯」
「しののめ……ゆい……いい名前ですね」
「だろ?」
俺は彼女に向かって得意げな顔を作ってみせた。
「あなたは……?」
「俺は……九条理央。お前の……」
「友達、だよ」
そうだ。
またゆっくり、一から始めればいい。
時間はたっぷりとある。
焦る必要はないんだ。
「そうですか。理央さん。私の傍に居てくれたんですよね? ありがとうございます」
「俺が居たくて傍に居たんだから大丈夫。とにかく、唯が無事で何よりだよ」
「はい……」
唯……すごく戸惑ってるみたいだな。
少し一人にした方が良さそうだ。
「それじゃあ……俺は医者を呼んでくるな。詳しいことは主治医が説明してくれると思うから」
「ありがとうございます」
そう言って俺は病室を出た。
「九条理央さん、か……」
彼女がそう名前を呟く声が聞こえる。
俺はその場で静かに涙を流した。
唯が助かった。
これで病気によって唯が死んでしまうという未来を防ぐことができた。
俺はその報告も兼ねて、有栖さんともう一度話をしてみることにした。
俺の想像が正しいのかを確認するために。
三年生はほとんど学校に来なくなっていたため、卒業式の日がチャンスだと思い、式の終了後に彼女の教室へと向かった。
「有栖さんは居ますか?」
「ありす? 誰それ。そんな人うちのクラスに居ないけど」
え……。
俺の聞き間違いか?
「確かにこのクラスですよ! 生徒会長をしていた、白銀有栖さんです!」
「何言ってんの! 元会長だったら白石雛でしょ?」
どういうことだ。
「……分かりました。俺の勘違いだったみたいです」
そう言って俺は教室を後にした。
まだ聞きたいことが沢山あるのに。
でも思えば答辞を読んだのも有栖さんじゃなかった。
代表じゃなかったという可能性もあるけど、有栖さんの存在が消えているのなら、辻褄が合う。
確かに同じクラスなのに忘れるわけないじゃないか。
そう言えば。
確か樹も彼女のことを知ってたよな。
樹なら……。
「樹!」
「うわっ! なんだよ、びっくりしたなー。そんなに慌ててどうしたんだ?」
「樹、白銀有栖って知ってるよな?」
「しろがね……ありす? ごめん。誰だそれ」
おかしい。
どうしてみんな忘れてるんだ?
どうして俺だけが覚えてるんだ。
「知らないならいいんだ。俺疲れてるみたいだな」
「大丈夫か? 唯はもう大丈夫なんだから、お前も無理するなよ」
「……ありがと」
どういうことだ?
俺以外みんな忘れるってことありえるのか?
いや……。
俺が回帰したんだから、そういう事もありえるよな。
じゃあどうすれば会えるんだ……?
俺、確かめなければならないことがあるのに。
そんなことを考えていたら、あっという間に放課後になってしまった。
り……お……。
「理央!」
「あ、ごめん」
ついボーッとしてたみたいだ。
「今から唯のところ行くんだよね? うちは部活あるし、兄貴も家の用事があるから、今日は1人でお見舞いよろしくね!」
「あぁ、分かった」
「……」
「どうした?」
「いや、理央変わったなぁって」
「どういうこと?」
「最初は取っ付きにくいって言うか……なんか、うちらよりも長い人生生きてたって感じ?」
無駄に勘が鋭いところがあるんだよな。
やっぱり樹の妹ってことか。
「でも今は、高校生! って感じがする」
「なんだよ。それ」
でも俺が変われたのなら、それは間違いなく唯のおかげだ。
「まぁ、唯のこと頼んだよ!」
「もちろん。一ノ瀬のことも伝えとくな」
「ありがと!」
それから俺は直ぐに病院へ向かった。
一刻でも早く、唯に会いたかったから。
side九条理央
『どうして此処に……?』
何かを忘れている気がする。
扉をノックする音が聞こえ、医者が入ってきた。
『目を覚まされましたか。あなたは事故に遭われたんです。覚えていますか?』
その時、強い衝撃が頭に走る。
『うっ……!』
思い出した。
俺は事故に遭って、それから……。
『……ッ! 彼女は? 唯はどこにいますか!?』
彼は悲しそうな顔をしながらこう言った。
『東雲唯さんは……お亡くなりになりました』
その瞬間、目の前が真っ暗になったのが分かった。
『嘘……だろ』
どうしてこんなことに……。
俺のせいで唯は……。
あんなことを言ってしまったから。
『……その、最近東雲さんの様子に違和感はありませんでしたか?』
違和感といえば……。
『いつも笑顔だった彼女が、急に暗くなってしまって……。俺とも距離を置くようになって』
上手く伝えられないけど、最近の唯は様子がおかしかった。
『九条さん、申し訳ありません。彼女に言わないでほしいと言われていたので、このような形でお伝えすることになったのですが……。東雲唯さんは、悪性脳腫瘍を患っていたのです』
『……そんな! じゃあ……この事故がなくても、いずれ唯は……』
『はい。発見するのが遅くなってしまったため、我々も手の施しようがありませんでした。あなたに心配はかけたくないと、秘密にするよう強く頼まれていました』
『そんな……』
でもそれって、結局俺のせいじゃないか。
俺がもっと早くに気が付いていれば。
しっかりと向き合っていれば。
唯が強がりってことは、誰よりも知っていたはずなのに。
『彼女、診察の度にあなたのことを話していましたよ。思い出話や出会えてよかったということ。すごく楽しそうに話されていました』
『そう……ですか』
そういえば、唯は最後の瞬間クリスマスローズの花束を抱えていた。
花言葉は……。
『……きっと、唯は俺に病気のことを打ち明けようとしていたんだと思います。それなのに俺は……』
考えることが多すぎて、頭が痛くなる。
『すみません。少し一人にしてもらえますか?』
『……分かりました。では安静にしていてくださいね』
頬に冷たいものが流れるのを感じた。
それが涙ということを自覚するのに時間はかからなかった。
あぁ、唯……。
こんなダメな夫でごめんな。
全部やり直せるなら……なんとしてでもこの未来を変えてみせるのに。
そんなことはできないと分かっているのに、「時間が巻戻ればいいのに」と思ってしまう自分がいた。
***
夢を見ていた。
暗くて……悲しい、誰も報われない夢。
いや、あれは夢じゃない。
これまで見てきた悪夢とも少し違う。
あれは……俺が望まなかった未来なのか?
もし、俺が何もしていなければ、あんな未来になったんじゃないだろうか。
そういえばあの時の声。
俺が回帰する前に聞いたあの声は「白銀有栖」のものだった。
だからあんなことを言ったのか?
彼女は全てを知っていたのだろうか。
「あ、あの……」
その時、唯の声が聞こえ、俺は勢いよく顔を上げた。
「……!!」
生きている……。
唯が間違いなく生きている。
「唯! 良かった。目を覚ましたんだな。ちょっと待ってろ。今樹たちにも連絡するからな」
唯が……生きている。
すごく嬉しい。
でも彼女の様子がおかしい。
「あの!」
「どうした?」
「すみません。唯って誰ですか……? それにあなたは……」
「え……」
強い衝撃が走った。
唯が何も覚えていない?
俺のことも……。
手術の後遺症で記憶障害が起こる可能性は聞いていた。
だからある程度は覚悟していた。
それでも……
「やっぱキツイな……」
「何か言いましたか?」
「あ! いやなんでもない」
俺は何贅沢なこと考えているんだ。
唯が助かった。
それだけ十分じゃないか。
記憶は……少しずつ取り戻していけばいい。
「唯、君の名前だよ。君の名前は東雲唯」
「しののめ……ゆい……いい名前ですね」
「だろ?」
俺は彼女に向かって得意げな顔を作ってみせた。
「あなたは……?」
「俺は……九条理央。お前の……」
「友達、だよ」
そうだ。
またゆっくり、一から始めればいい。
時間はたっぷりとある。
焦る必要はないんだ。
「そうですか。理央さん。私の傍に居てくれたんですよね? ありがとうございます」
「俺が居たくて傍に居たんだから大丈夫。とにかく、唯が無事で何よりだよ」
「はい……」
唯……すごく戸惑ってるみたいだな。
少し一人にした方が良さそうだ。
「それじゃあ……俺は医者を呼んでくるな。詳しいことは主治医が説明してくれると思うから」
「ありがとうございます」
そう言って俺は病室を出た。
「九条理央さん、か……」
彼女がそう名前を呟く声が聞こえる。
俺はその場で静かに涙を流した。
唯が助かった。
これで病気によって唯が死んでしまうという未来を防ぐことができた。
俺はその報告も兼ねて、有栖さんともう一度話をしてみることにした。
俺の想像が正しいのかを確認するために。
三年生はほとんど学校に来なくなっていたため、卒業式の日がチャンスだと思い、式の終了後に彼女の教室へと向かった。
「有栖さんは居ますか?」
「ありす? 誰それ。そんな人うちのクラスに居ないけど」
え……。
俺の聞き間違いか?
「確かにこのクラスですよ! 生徒会長をしていた、白銀有栖さんです!」
「何言ってんの! 元会長だったら白石雛でしょ?」
どういうことだ。
「……分かりました。俺の勘違いだったみたいです」
そう言って俺は教室を後にした。
まだ聞きたいことが沢山あるのに。
でも思えば答辞を読んだのも有栖さんじゃなかった。
代表じゃなかったという可能性もあるけど、有栖さんの存在が消えているのなら、辻褄が合う。
確かに同じクラスなのに忘れるわけないじゃないか。
そう言えば。
確か樹も彼女のことを知ってたよな。
樹なら……。
「樹!」
「うわっ! なんだよ、びっくりしたなー。そんなに慌ててどうしたんだ?」
「樹、白銀有栖って知ってるよな?」
「しろがね……ありす? ごめん。誰だそれ」
おかしい。
どうしてみんな忘れてるんだ?
どうして俺だけが覚えてるんだ。
「知らないならいいんだ。俺疲れてるみたいだな」
「大丈夫か? 唯はもう大丈夫なんだから、お前も無理するなよ」
「……ありがと」
どういうことだ?
俺以外みんな忘れるってことありえるのか?
いや……。
俺が回帰したんだから、そういう事もありえるよな。
じゃあどうすれば会えるんだ……?
俺、確かめなければならないことがあるのに。
そんなことを考えていたら、あっという間に放課後になってしまった。
り……お……。
「理央!」
「あ、ごめん」
ついボーッとしてたみたいだ。
「今から唯のところ行くんだよね? うちは部活あるし、兄貴も家の用事があるから、今日は1人でお見舞いよろしくね!」
「あぁ、分かった」
「……」
「どうした?」
「いや、理央変わったなぁって」
「どういうこと?」
「最初は取っ付きにくいって言うか……なんか、うちらよりも長い人生生きてたって感じ?」
無駄に勘が鋭いところがあるんだよな。
やっぱり樹の妹ってことか。
「でも今は、高校生! って感じがする」
「なんだよ。それ」
でも俺が変われたのなら、それは間違いなく唯のおかげだ。
「まぁ、唯のこと頼んだよ!」
「もちろん。一ノ瀬のことも伝えとくな」
「ありがと!」
それから俺は直ぐに病院へ向かった。
一刻でも早く、唯に会いたかったから。