エピソード20
side東雲唯
段々と死に近付いているのが分かる。
抗がん剤治療を続けてきたけど、それももう限界だろう。
医者や看護師たちは何も言わないけど、もう私は長くは生きられないと分かっていた。
「……イルミネーション、観に行きたかったな」
理央くんは来年観に行こうって言ってくれたけど、約束……守れそうにないな。
正直ここまでもちこたえていることでさえ奇跡だ。
あと数ヶ月も経てば、理央くんたちは二年生となり、また変わらない生活が始まる。
「……その横に、私は居ないんだろうな」
あぁ……ダメだ。
最後まで闘い続けようと決めているのに、どうしても弱気になってしまう。
希望を持つにはあまりにも光が小さすぎた。
「もう……諦めるしかないのかな」
その時だった。
「そんな悲しいこと言わないでちょうだい」
どこからか、そんな声が聞こえたのだ。
「……だっ、誰?」
「……唯ちゃん。久しぶりね」
そこに居たのは有栖さんだった。
どうしてここに?
もう面会時間は過ぎているはずなのに。
「驚いた顔をしているわね。こんな遅くにごめんね」
細かいことはどうでもよかった。
有栖さんは私に大事な話がある様子だった。
だったら私はそれを聞くしかない。
「……何の話ですか?」
「あら、察しがいいのね。じゃあ単刀直入に言うわ。唯ちゃん、手術を受けてくれない?」
この人は何を言っているんだ。
手術を受けろだなんて軽々しく。
「……私だって、受けられるのなら受けたいですよ! でも……今のままじゃ手術も受けられないんです! それに、助かる確率があまりにも低すぎます!!」
八つ当たりなのは分かっている。
それでも今の私はもう心が折れてしまっていた。
「唯ちゃん。あなたの願い事は?」
どうして急にそんなことを聞くの。
願い事がなんだって言うのよ。
「……どうして急にそんなことを」
「いいから。唯ちゃん、あなたの願い事を聞かせてちょうだい」
願い事……。
私の願い事は一つしかない。
でもそれは永遠に叶うことはない。
「私は……幸せになりたい。ただ、幸せになりたいだけ。なのに、その願い事も叶いそうにありません」
「……そう。唯ちゃんが望む幸せって何?」
有栖さんはまた優しく問いかけてきた。
「家族と旅行に行ったり、友達と笑いあったり……。もしかしたら恋に落ちて、私にも恋人ができたかもしれない。そんな平凡な日常が明日も続いていく。それが私にとっての幸せです。でもその幸せは、生きていなきゃ意味がないんです。当たり前に来る明日が来なければ、幸せになる未来なんて永遠にやってこないんです」
こんなことを言っても有栖さんを困らせるだけなのに、つい弱音を吐いてしまう。
「あなたは今幸せじゃないの?」
「……当たり前じゃないですか!」
死を前にして、誰が幸せでいられるのだろうか。
それでもなお、有栖さんは話を続ける。
「じゃあ今までの時間は全て無駄だって言うの? 家族と過ごした時間。友達と過ごした時間。そして、理央くんを好きになったこと」
「……ッ!!」
皆と過した時間は確かに存在した。
そしてその時間は、間違いなくかけがえのないものだった。
私は本当に不幸だったの……?
幸せな未来を断ち切っているのは私自身なんじゃないの?
現状に甘えて、私自身が前に進むことを恐れているんじゃないの?
そんな疑問が湧いてきた。
「唯ちゃんが恐怖を感じるのも当然だわ。それでも、あなたが何を願っているのか、それだけは覚えててほしいの。強く願えば、きっと叶う日が来るから」
「……そうでしょうか」
まだ、怖い。
無駄に期待をして、最後には裏切られる。
そうなったら私は希望を持ったことを後悔してしまうだろう。
「大丈夫。奇跡は必ず起こる。私が唯ちゃんを助けてあげるから。だから唯ちゃんは、ほんの少しの勇気だけでも、持ってくれるといいな」
ほんの少しの勇気……。
そうだ。
手術をしたらほんの僅かな希望でも生きられる可能性はある。
でも手術をしなければ確実に死んでしまう。
どちらを選ぶべきかは明確じゃないか。
あとは私が勇気を出すだけ。
「有栖さん、ありがとうございます。私……手術を受けようと思います」
「そう。決断してくれてありがとう」
有栖さんは不思議な人だ。
彼女の言葉にはどこか説得力がある。
有栖さんは私が生き続けられると信じているようだった。
だから私も、ほんの少しの希望を信じてみよう。
どんな結果になろうとも、私はきっと後悔しないだろう。
有栖さんとの会話をきっかけに、私は手術を受けることを決意した。
このことを医者に伝えると、一緒に頑張ろうって言ってくれたし、父と母は泣いて喜んでくれた。
2人も恐怖はあるのかもしれないけど、私を安心させるためか、そんな素振りは全く見せなかった。
つい理央くんにも弱音を吐いてしまった。
だから、理央くんにも手術を受けることを決めたと伝えることにした。
「ねぇ理央くん。私手術を受けることにしたよ」
いつものようにお見舞いに来た理央くんに私は、そう言った。
理央くんは驚いた表情と共に、優しくて暖かい、私を見守るような顔を見せた。
「……そう。唯ならきっと大丈夫だ。絶対助かるから」
なんの根拠もない言葉だけど、何故か理央くんが言うと、それが現実になるかのようで励まされた。
「ねぇ、理央くん。本当に私のことが好きなの?」
それでも不安になった私は、理央くんにそう聞いた。
「あぁ、好きだ。だから唯には生きていてほしい」
「もし私が記憶を失ってしまっても?」
「そしたらまた、新しい思い出を作ってやるよ」
恥ずかしがり屋の理央くんがこんなに力強い言葉をかけてくれる。
それだけでも私は嬉しかった。
「ねぇ、理央くんは将来何になりたいの?」
私は興味本位で、理央くんにそう質問した。
「どうしたんだ。急に」
「何となく……理央くんの未来が気になったから」
私の質問の答えを、理央くんは真剣に考えていた。
そして、理央くんはこう言った。
「俺は……心理士になろうかと考えている。病院で闘う患者たちに、俺も寄り添っていきたいって思う」
その言葉を聞いた途端、あの人との会話が思い出される。
まさか……。
いや、そんなはずないよね。
「理央くんならきっとなれるよ。私も理央くんに凄く力をもらってるから」
「そうか? だったら俺も嬉しいよ。唯はさ、どうして医者になりたいんだ?」
理央くんも私に質問する。
医者になりたい理由……。
私自身もずっと疑問に思っていたことだった。
突然医者を目指すようになったけど、きっかけは何も覚えていない。
でも、もしかしたら難しく考えすぎていただけかもしれない。
「正直、今までは私がどうして医者を目指していたのか分からなかったの」
理央くんは静かに聞き続ける。
「でも、私たまに夢を見るようになったの。女の子が病気になって、最後には死んじゃう夢」
理央くんは驚いた顔をしたものの、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「その子、すごく辛そうだった。悲しそうだった。それがまるで自分の事のように感じて私も苦しかった」
私の話を聞く理央くんは優しい目をしていて、私も楽に話すことができた。
「とてもリアルな夢だったの。でも、病気で苦しんでいる人が居る。そう思ったら、私もその人たちを助けてあげたいって思ったの」
そんな甘い理由で医者になれる訳がない。
私自身もそう思う。
だけど私の気持ちは本物だし、私は医者にならなければならない。
そんな強い責任を感じた。
理央くんは最後まで私の話を聞いてくれ、最後にこう言った。
「唯ならきっとなれるよ。沢山の命を救って、笑顔を守れるような医者に」
その言葉はどんな言葉よりも嬉しかった。
それ以上に、その言葉をかけてくれた人が、理央くんだったという事実が、何よりも嬉しかった。
悩んでいたけれど、答えはもう出ていたんだ。
私も理央くんが好きだ。
だから、私は生き続けなければならない。
そして直接この気持ちを伝えなければ。
もちろん、記憶を失うことは怖い。
だから私は、理央くんに手紙を書くことにした。
その手紙は手術が成功して、もし私が記憶を失っていたら理央くんに渡してほしいと母に頼んだ。
あとは自分の力を信じるだけ。
確かな理由はないけれど、きっとこの手術は成功するのだろう。
ただの私の願望かもしれないけど、きっと奇跡は起きる。
そんなことを思いながら、私はいよいよ手術を受ける朝を迎えた。
side東雲唯
段々と死に近付いているのが分かる。
抗がん剤治療を続けてきたけど、それももう限界だろう。
医者や看護師たちは何も言わないけど、もう私は長くは生きられないと分かっていた。
「……イルミネーション、観に行きたかったな」
理央くんは来年観に行こうって言ってくれたけど、約束……守れそうにないな。
正直ここまでもちこたえていることでさえ奇跡だ。
あと数ヶ月も経てば、理央くんたちは二年生となり、また変わらない生活が始まる。
「……その横に、私は居ないんだろうな」
あぁ……ダメだ。
最後まで闘い続けようと決めているのに、どうしても弱気になってしまう。
希望を持つにはあまりにも光が小さすぎた。
「もう……諦めるしかないのかな」
その時だった。
「そんな悲しいこと言わないでちょうだい」
どこからか、そんな声が聞こえたのだ。
「……だっ、誰?」
「……唯ちゃん。久しぶりね」
そこに居たのは有栖さんだった。
どうしてここに?
もう面会時間は過ぎているはずなのに。
「驚いた顔をしているわね。こんな遅くにごめんね」
細かいことはどうでもよかった。
有栖さんは私に大事な話がある様子だった。
だったら私はそれを聞くしかない。
「……何の話ですか?」
「あら、察しがいいのね。じゃあ単刀直入に言うわ。唯ちゃん、手術を受けてくれない?」
この人は何を言っているんだ。
手術を受けろだなんて軽々しく。
「……私だって、受けられるのなら受けたいですよ! でも……今のままじゃ手術も受けられないんです! それに、助かる確率があまりにも低すぎます!!」
八つ当たりなのは分かっている。
それでも今の私はもう心が折れてしまっていた。
「唯ちゃん。あなたの願い事は?」
どうして急にそんなことを聞くの。
願い事がなんだって言うのよ。
「……どうして急にそんなことを」
「いいから。唯ちゃん、あなたの願い事を聞かせてちょうだい」
願い事……。
私の願い事は一つしかない。
でもそれは永遠に叶うことはない。
「私は……幸せになりたい。ただ、幸せになりたいだけ。なのに、その願い事も叶いそうにありません」
「……そう。唯ちゃんが望む幸せって何?」
有栖さんはまた優しく問いかけてきた。
「家族と旅行に行ったり、友達と笑いあったり……。もしかしたら恋に落ちて、私にも恋人ができたかもしれない。そんな平凡な日常が明日も続いていく。それが私にとっての幸せです。でもその幸せは、生きていなきゃ意味がないんです。当たり前に来る明日が来なければ、幸せになる未来なんて永遠にやってこないんです」
こんなことを言っても有栖さんを困らせるだけなのに、つい弱音を吐いてしまう。
「あなたは今幸せじゃないの?」
「……当たり前じゃないですか!」
死を前にして、誰が幸せでいられるのだろうか。
それでもなお、有栖さんは話を続ける。
「じゃあ今までの時間は全て無駄だって言うの? 家族と過ごした時間。友達と過ごした時間。そして、理央くんを好きになったこと」
「……ッ!!」
皆と過した時間は確かに存在した。
そしてその時間は、間違いなくかけがえのないものだった。
私は本当に不幸だったの……?
幸せな未来を断ち切っているのは私自身なんじゃないの?
現状に甘えて、私自身が前に進むことを恐れているんじゃないの?
そんな疑問が湧いてきた。
「唯ちゃんが恐怖を感じるのも当然だわ。それでも、あなたが何を願っているのか、それだけは覚えててほしいの。強く願えば、きっと叶う日が来るから」
「……そうでしょうか」
まだ、怖い。
無駄に期待をして、最後には裏切られる。
そうなったら私は希望を持ったことを後悔してしまうだろう。
「大丈夫。奇跡は必ず起こる。私が唯ちゃんを助けてあげるから。だから唯ちゃんは、ほんの少しの勇気だけでも、持ってくれるといいな」
ほんの少しの勇気……。
そうだ。
手術をしたらほんの僅かな希望でも生きられる可能性はある。
でも手術をしなければ確実に死んでしまう。
どちらを選ぶべきかは明確じゃないか。
あとは私が勇気を出すだけ。
「有栖さん、ありがとうございます。私……手術を受けようと思います」
「そう。決断してくれてありがとう」
有栖さんは不思議な人だ。
彼女の言葉にはどこか説得力がある。
有栖さんは私が生き続けられると信じているようだった。
だから私も、ほんの少しの希望を信じてみよう。
どんな結果になろうとも、私はきっと後悔しないだろう。
有栖さんとの会話をきっかけに、私は手術を受けることを決意した。
このことを医者に伝えると、一緒に頑張ろうって言ってくれたし、父と母は泣いて喜んでくれた。
2人も恐怖はあるのかもしれないけど、私を安心させるためか、そんな素振りは全く見せなかった。
つい理央くんにも弱音を吐いてしまった。
だから、理央くんにも手術を受けることを決めたと伝えることにした。
「ねぇ理央くん。私手術を受けることにしたよ」
いつものようにお見舞いに来た理央くんに私は、そう言った。
理央くんは驚いた表情と共に、優しくて暖かい、私を見守るような顔を見せた。
「……そう。唯ならきっと大丈夫だ。絶対助かるから」
なんの根拠もない言葉だけど、何故か理央くんが言うと、それが現実になるかのようで励まされた。
「ねぇ、理央くん。本当に私のことが好きなの?」
それでも不安になった私は、理央くんにそう聞いた。
「あぁ、好きだ。だから唯には生きていてほしい」
「もし私が記憶を失ってしまっても?」
「そしたらまた、新しい思い出を作ってやるよ」
恥ずかしがり屋の理央くんがこんなに力強い言葉をかけてくれる。
それだけでも私は嬉しかった。
「ねぇ、理央くんは将来何になりたいの?」
私は興味本位で、理央くんにそう質問した。
「どうしたんだ。急に」
「何となく……理央くんの未来が気になったから」
私の質問の答えを、理央くんは真剣に考えていた。
そして、理央くんはこう言った。
「俺は……心理士になろうかと考えている。病院で闘う患者たちに、俺も寄り添っていきたいって思う」
その言葉を聞いた途端、あの人との会話が思い出される。
まさか……。
いや、そんなはずないよね。
「理央くんならきっとなれるよ。私も理央くんに凄く力をもらってるから」
「そうか? だったら俺も嬉しいよ。唯はさ、どうして医者になりたいんだ?」
理央くんも私に質問する。
医者になりたい理由……。
私自身もずっと疑問に思っていたことだった。
突然医者を目指すようになったけど、きっかけは何も覚えていない。
でも、もしかしたら難しく考えすぎていただけかもしれない。
「正直、今までは私がどうして医者を目指していたのか分からなかったの」
理央くんは静かに聞き続ける。
「でも、私たまに夢を見るようになったの。女の子が病気になって、最後には死んじゃう夢」
理央くんは驚いた顔をしたものの、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「その子、すごく辛そうだった。悲しそうだった。それがまるで自分の事のように感じて私も苦しかった」
私の話を聞く理央くんは優しい目をしていて、私も楽に話すことができた。
「とてもリアルな夢だったの。でも、病気で苦しんでいる人が居る。そう思ったら、私もその人たちを助けてあげたいって思ったの」
そんな甘い理由で医者になれる訳がない。
私自身もそう思う。
だけど私の気持ちは本物だし、私は医者にならなければならない。
そんな強い責任を感じた。
理央くんは最後まで私の話を聞いてくれ、最後にこう言った。
「唯ならきっとなれるよ。沢山の命を救って、笑顔を守れるような医者に」
その言葉はどんな言葉よりも嬉しかった。
それ以上に、その言葉をかけてくれた人が、理央くんだったという事実が、何よりも嬉しかった。
悩んでいたけれど、答えはもう出ていたんだ。
私も理央くんが好きだ。
だから、私は生き続けなければならない。
そして直接この気持ちを伝えなければ。
もちろん、記憶を失うことは怖い。
だから私は、理央くんに手紙を書くことにした。
その手紙は手術が成功して、もし私が記憶を失っていたら理央くんに渡してほしいと母に頼んだ。
あとは自分の力を信じるだけ。
確かな理由はないけれど、きっとこの手術は成功するのだろう。
ただの私の願望かもしれないけど、きっと奇跡は起きる。
そんなことを思いながら、私はいよいよ手術を受ける朝を迎えた。