エピソード19
side九条理央


 唯がまた病気にかかってしまった。

 その話を聞いた時は頭が真っ白になった。

 それでも、俺は希望を捨てたくない。

 俺が望む未来には唯が居ないとダメなんだ。

 そう思うと、俺は無我夢中で唯が入院する病院へと向かっていた。

 病室に入ると、唯は驚いたような表情をしていた。

 前世でも今世でも、唯は意図的に病気のことを隠していたようだった。

 やっぱり未来は変えられない。

 そう諦めかけた時に、樹が俺に勇気を与えてくれた。

 だから俺自身も正直になり、唯としっかり向き合うことを決めた。

 その想いが唯にも伝わったのだろう。

 唯は俺に初めて本心を言ってくれた。

 唯は今までどれだけ悩み続けていたのか。

 どれだけ恐怖を感じていたのか。

 言葉の一つひとつから唯の切実な感情が伝わってきた。





 あの日から俺も唯の所へ行くようになった。

 話す内容は日常の些細なことだったが、唯はそれでも喜んでくれているみたいだった。

 そんなある日、唯のお見舞いに行こうと病院へ向かうと、唯のご両親が病院から出てきた。

 二人は何かを悩んでいるような、暗い表情をしていた。

 俺は話しかけようとしたが、上手く足が動かなかった。

 話したところで何になる?

 俺が突然話しかければ、二人は間違いなく俺を不審に思うだろう。

 だからただ彼らを遠くから見つめることしかできなかった。

 彼らが病院を離れたことを確認し、俺は唯が居る病室へと向かう。

 「……唯」

 「あ……理央くん。今日もお見舞いに来てくれたんだね」

 そう言う唯の表情は、いつもより暗かった。

 ご両親の表情が暗かったこととなにか関係があるのだろうか。

 「唯……。何かあっ……」

 「ねぇ、理央くん」

 唯は俺の言葉を遮るように俺の名前を呼んだ。

 「……どうした」

 「理央くんはさ、私に生きていてほしいって思う?」

 どうしてそんなことを聞くんだ。

 そんなの決まってるじゃないか。

 「当たり前だろ! 俺は唯に生きていてほしい」

 「そっか……。そう言ってくれて嬉しいな。実はさっき、手術の説明を受けたんだ」

 唯が暗い表情をしていたのはそのことが原因なのか?

 「……その話聞いてもいいか?」

 唯は静かに頷いた。

 「私は今すぐ手術をしないと危険な状態みたいなの。それでも手術を受けたとして完治するとは限らないし、もしかしたら記憶障害が残っちゃうかもしれないの」

 「……そうなんだ」

 俺が呟くと、唯はそのまま話を続けた。

 「もし手術が失敗すれば、私は直ぐに死んでしまう。再発の可能性もないとは言いきれないし……。それに何より、今まで過ごしてきた日々を忘れたくない」

 難しい選択だった。

 手術を受けるにしても、受けないにしても、どちらを選んでもリスクは伴う。

 「それじゃあ、唯は手術を受けたくないのか?」

 俺は唯にそう問いかけた。

 「……分からないよ。手術をしなければいけないのは分かってる。でも、失敗したことを考えると……。もし手術を受けなければ一年くらいなら生きられるみたいだから、無理に受ける必要もないんじゃないかって……」

 こんなに悩んでいるのに、俺は軽々しく手術を受けてほしいなんて言えるのか?

 それはただの俺のわがままなんじゃないか。

 そう思うと、上手く唯に言葉をかけることができなかった。

 やっぱり、奇跡でも起きない限り、唯を完全に救うことはできないのだろうか。

 俺はただ、恐怖に怯える唯の傍に居ることしかできなかった。