エピソード1
side東雲唯
ピピピッ
「……うーん」
いつもと変わらない日常。
でも、今日は少し特別な日。
なぜなら、私は今日から高校生となるからだ。
私の名前は東雲唯。
第一志望の宮園学園に無事合格し、晴れて高校生となったのだ。
この高校は市内でも一位二位を争う名門校で、倍率も他の高校とは比べ物にならないくらいに高かった。
そんな難関校でも、どうしても入学したいと思ったのには理由がある。
私には、医者になりたいという夢があったからだ。
この学校は、難関大学への進学率が高い。
とりわけ、医療系の大学への進学率は毎年高い数値を出している。
そして、医者であるお父さんの母校でもある。
「唯ももう高校生か。時の流れとは早いものだな」
噂をしていれば、お父さんの声が聞こえた。
「ちょっとあなた! なにジジ臭いこと言ってるのよ!」
「いや、ジジ臭いとは失礼じゃないか!?」
これが私の日常だ。
私の両親は仲がいい方だと思う。
「それにしても宮園学園か。授業は難しいから頑張れよ。まぁ、勉強ばかりというのもいかんな。彼氏の一人や二人作って青春を謳歌しろよ。はっはっは!」
いやいや、彼氏がふたりはマズイでしょ。
そんなことを思っていると、お母さんも反論をする。
「二人と付き合ったら、れっきとした浮気じゃない! でも、お母さんも同じ気持ちだわ! 私たちは高校の時から付き合ってるんだから!」
それでも、最後にはお父さんの肩を持つ。
両親は、こうやって時々惚気を入れてくる。
親が仲良しなのは、娘としても微笑ましい気持ちになる。
ただ、惚気は程々にしてほしい。
そんなやり取りを見ながら、そろそろ登校する時間になるので、準備を始めた。
忘れ物がないかを確認し、新しいカバンを背負って玄関へと向かう。
その途中、突然お母さんに呼び止められた。
「……唯」
「どうしたの?」と、私は振り返った。
「あなた、無理してない? 無理にうちの病院を継ごうとしなくてもいいのよ」
お父さんは東雲病院の医院長を務めている。
お母さんが言いたいことは、私が無理をして次期医院長にならなくても良いということだろう。
将来自分がやりたいことをしてほしいというお母さんの気持ちも分かる。
でも、私だって真剣に医者を目指しているんだよ。
「大丈夫だよ! それに医者になりたいって気持ちは本物だし」
その言葉を聞いたお母さんは安心したように見えた。
お母さんによると、突然後を継ぎたいと言い出したので、私が無理をしているんじゃないかと心配になったとのことだった。
私はある日突然医者を目指すと言い出したらしい。
昔は跡を継ぐのは嫌と駄々をこねて、父を困らせたこともあったそうだ。
そんな娘が突然、後を継ぎたいなんて言い出したら驚くのも当然だろう。
だけど、どうして私が突然医者を目指すようになったのか。
その理由は、実は私自身も分からない。
「医者になりたい」という気持ちより、「医者にならないといけない」という気持ちの方が強かった気がする。
なぜかその時のことはあまり覚えていないのだ。
でもどんな理由であれ、医者を目指したいという気持ちは本物だし、記憶が曖昧で困っていることはないから特に気にしていない。
「出発前に引き止めて悪かったわね。学校、頑張ってね!」
お母さんの元気な声が聞こえた。
「うん! いってきます」
明るく私を見送ってくれる。
宮園学園はどんなところなんだろう。
どんな出会いがあるのかな。
勉強は難しいのかな。
不安な気持ちもあるが、それ以上にこれから始まる新しい生活が楽しみだった。
学校に向かって歩いていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。
「唯ー! おっはよぉぉぉ!」
「わぁ! もう、急に抱きつかないでっていつも言ってるでしょ」
そんなことを言うと、「同じ学校に通えて嬉しい」という言葉が返ってきた。
そんなこと言われたら怒るに怒れないじゃん。
この子は一ノ瀬澪。
私の幼馴染であり、親友でもある。
明るい性格で、一緒に居るとこっちまで元気になってくる。
「ちょ、ハァハァ……。オレを置いてくなよ」
「遅い! あんたまだピチピチの十六歳でしょ!」
「いや、そこ突っ込まないでくれよ」
彼は一ノ瀬樹。
澪ちゃんのお兄さんだ。
私たち三人は保育園の時から一緒に遊んでいる。
「はぁーもう走りすぎてクラクラするわぁ。"さくら"の下でくらくら……ってか!」
その言葉で、周りの空気が冷たくなったのを感じた。
「お、おい。そこまで引かなくてもいいだろ?」
「いや、それは引くわぁ」
澪ちゃんが冷たく言い放つ。
「なんだと!? ほら、唯もなんとか言ってくれよ!」
そんなことを言われたので、私は何とかフォローすべく、「私はしょうもないダジャレとか意外と好きだよ」と答えた。
その答えもダメージが大きかったらしく、登校中はずっと引きずっているようだった。
それでもきっと、樹くん自身はそんなに傷付いていないと思う。
これが私たちのいつものノリだからだ。
私はこんな風に気を遣わなくていい彼らが大好きだ。
樹くんは先輩だけど、つい気を許して冗談も言ってしまう。
そんなことを思いつつ、私は再び彼らの会話を聞き続ける。
「てかよぉ、唯はいいとして澪がうちの高校来るとか意外すぎるんだけど」
「はぁ!? それどういう意味よ」
「だってお前勉強苦手じゃん」
「それはそうだけど、それでも唯と同じ学校に行きたかったんだもん」
この言い争いもいつものこと。
ふたりはよく些細な喧嘩をしているけれど、仲が良いことに変わりはない。
「澪ちゃんすごく勉強頑張ったもんね。私も一緒に通えて嬉しい!」
流石に区切りを付けようと思った私は、澪ちゃんにそう声をかけた。
「やっぱり私の味方は唯だけだよ」と言いながら、澪ちゃんは私に抱きついてくる。
こういうところは何年経っても変わらない。
「そういえば、宮園学園に理央も通うらしいぜ」
「ん? 理央ってだれ?」
突然知らない人の名前が出てきて、澪ちゃんも驚いているようだった。
「え、知らない? 九条理央。オレと同じサッカークラブ入ってたんだけど」
「えー初めて聞くな。うち、あんまそういうの気にしてなかったし。唯は知ってる?」
「いや。私も初めて聞く名前だね」
でもどこか懐かしい感じもする。
樹くんは何故かその後黙り込んでいる。
気になった私は、その人がどうしたのと聞いた。
「何でもない。知らないならいんだ。でもすっげぇイケメンだから惚れるなよ?」
「何処から目線よ」と、すかさず澪ちゃんのツッコミが入る。
今なにか間があったような……。
まぁ、私の気にしすぎだよね。
その後も私たちは、些細なことを話しながら学校に向かった。
この時はまだ知らなかった。
九条理央という存在が、私の未来を大きく変えるということを……。
学校に近付くと、だんだんと騒がしくなった。
私たちは玄関に張り出されているクラス表を確認する。
「あ! 私A組だ」
澪ちゃんは何組だろうと様子を伺うと、彼女は絶望の眼差しをこちらに向けていた。
どうやらクラスが離れてしまったようだ。
そんな様子を見た樹が、またいつものノリで話しかける。
「ちなみにオレはA組。やったな! 唯、同じクラスだぜ」
「兄貴は二年生でしょ。留年したの?」
「冗談だって。でも、話す時間は結構あると思うよ。これからも一緒に登校すんだろ?」
「それはもちろん」
いつもの調子を取り戻したようだ。
そうだよね。
クラスが離れても、話すタイミングは沢山ある。
「理央はA組か」
突然ボソッと呟く樹くんの声が聞こえた。
「理央ってあのサッカークラブの?」
「そうそう。まぁ、直ぐに分かると思うよ。理央! って感じの顔してるから」
なによそれ。
意味が分からなかったけど、樹くんのおかげで緊張が和らいだ気がした。
クラスを確認した私たちは、それぞれの教室へと向かい、私は静かに教室の扉を開いた。
教室に入ると何人か、生徒が集まっていた。
結構早く出たと思ったんだけどな。
入学式だからみんな早く来ているのかな。
私にはもちろん中学時代の友達が居た。
でもこの学校に進学したのは、私と澪ちゃんだけだった。
だから友達ができるか少し不安である。
座席を確認すると、私は後ろの方の席だった。
「隣は、瀬川紗奈? 誰だろ」
隣の子はまだ来てないようだ。
そう思いつつ教室を眺めていると、人だかりができていることに気が付いた。
その時、ふと声が聞こえてきた。
「あーやっぱりこうなったかぁ」
突然聞こえてきたその声につい驚いてしまった。
「あ、あなたが唯ちゃん? おっはよー!」
「え、ええ……。おはようございます」
彼女のテンションの高さに、思わず圧倒されてしまう。
「そんな萎縮しなくたっていいって! 同い歳なんだしさ」
フレンドリーな子だな。
でも悪い子じゃなさそう。
彼女の名前は瀬川紗奈と言うらしい。
どうやらこの子が隣の席に座るみたいだ。
自己紹介をする姿は、まるで澪ちゃんのようだった。
この子なら仲良くなれそうと思った私も、改めて自己紹介をする。
「もう知ってるみたいだけど、私も改めて自己紹介するね。私の名前は東雲唯。これからよろしく!」
挨拶を済ますと、「唯ちゃん!」と明るく呼ぶ声が聞こえた。
早くも友達ができて嬉しかった。
そういえば、彼女が言っていたやっぱりこうなったってどういう意味なんだろう。
そのことを聞くと、どうやら囲まれている人が九条理央といい、中学時代のクラスメートだったそうだ。
また名前が出てきた。
今日で何回だろう。
そんなに有名な人なのかな。
私の心を読んだかのように彼女は話を続ける。
「なにせあいつイケメンだからねぇ。しかも成績優秀、スポーツ万能。そりゃモテるのも納得いくわぁ」
確かに彼の容姿は目を引くものがある。
「知り合いなの?」
「いや。知り合いっていうか、ただ見てただけ。あたしとは関わる機会無かったからさ」
「そうなんだ」
私はそう呟いた。
まぁ、そんなに有名な人なら、私と関わることなんてないんだろう。
その時の私はそう軽く考えていた。
その後も私は紗奈ちゃんと話しながら、先生が来るのを待った。
一瞬、どこからか視線を感じたような気がしたが、慣れない場所で緊張しているせいだと思い、特に気にすることはなかった。
「おはようございます」
しばらくして、HRが始まった。
先生の声に続き、生徒がまばらに挨拶をする。
先生の挨拶を聞きながら、優しそうな人だと感じた。
挨拶もそこそこに、入学式の動きを確認した後、呼名の練習、そして代表挨拶の練習も行われた。
「新入生代表の挨拶は九条理央さんにお願いしています。九条さん、お願いします」
「はい」という少し低めの声が聞こえた。
理央さん、かなり頭が良いんだな。
やっぱり他の生徒の注目も浴びている。
そんなことを思いながらも、ついに始業式が始まった。
「東雲唯」
「はい!」
私は体育館に響くように、大きい声で返事をした。
順調に進んでいく中、いよいよ新入生代表の挨拶になる。
「暖かな春の訪れと共に、私たち百八十名は宮園学園の一年生として入学式を迎えることができました」
うわぁ……。
堂々としていて凄いな。
そして正直……
「めっちゃかっこいい……」
私はつい、彼に見惚れてしまった。
「20✕✕年4月7日新入生代表、九条理央」
その時盛大な拍手が体育館に響く。
その音で、ようやく私は現実に戻った。
そして、その次に生徒会長による挨拶も行われた。
「歓迎の言葉。生徒代表、白銀有栖」
「はい」
凛とした声が響く。
綺麗な人……。
「歓迎の言葉」
彼女の言葉は、これから始まる生活の不安なことを取り除いてくれるようだった。
言葉の一つひとつから妙な説得感を感じたのだ。
理央さんもどうやら彼女の方をじっと見ているようだった。
いくら理央さんでも、やっぱ美女には叶わないのか。
そんなことを思っていると、有栖さんと目が合った。
彼女は優しく微笑みかけてくる。
その微笑みは、これからの生活を応援してくれているような、嬉しさを滲ませているような、そんな不思議な感じがした。
side東雲唯
ピピピッ
「……うーん」
いつもと変わらない日常。
でも、今日は少し特別な日。
なぜなら、私は今日から高校生となるからだ。
私の名前は東雲唯。
第一志望の宮園学園に無事合格し、晴れて高校生となったのだ。
この高校は市内でも一位二位を争う名門校で、倍率も他の高校とは比べ物にならないくらいに高かった。
そんな難関校でも、どうしても入学したいと思ったのには理由がある。
私には、医者になりたいという夢があったからだ。
この学校は、難関大学への進学率が高い。
とりわけ、医療系の大学への進学率は毎年高い数値を出している。
そして、医者であるお父さんの母校でもある。
「唯ももう高校生か。時の流れとは早いものだな」
噂をしていれば、お父さんの声が聞こえた。
「ちょっとあなた! なにジジ臭いこと言ってるのよ!」
「いや、ジジ臭いとは失礼じゃないか!?」
これが私の日常だ。
私の両親は仲がいい方だと思う。
「それにしても宮園学園か。授業は難しいから頑張れよ。まぁ、勉強ばかりというのもいかんな。彼氏の一人や二人作って青春を謳歌しろよ。はっはっは!」
いやいや、彼氏がふたりはマズイでしょ。
そんなことを思っていると、お母さんも反論をする。
「二人と付き合ったら、れっきとした浮気じゃない! でも、お母さんも同じ気持ちだわ! 私たちは高校の時から付き合ってるんだから!」
それでも、最後にはお父さんの肩を持つ。
両親は、こうやって時々惚気を入れてくる。
親が仲良しなのは、娘としても微笑ましい気持ちになる。
ただ、惚気は程々にしてほしい。
そんなやり取りを見ながら、そろそろ登校する時間になるので、準備を始めた。
忘れ物がないかを確認し、新しいカバンを背負って玄関へと向かう。
その途中、突然お母さんに呼び止められた。
「……唯」
「どうしたの?」と、私は振り返った。
「あなた、無理してない? 無理にうちの病院を継ごうとしなくてもいいのよ」
お父さんは東雲病院の医院長を務めている。
お母さんが言いたいことは、私が無理をして次期医院長にならなくても良いということだろう。
将来自分がやりたいことをしてほしいというお母さんの気持ちも分かる。
でも、私だって真剣に医者を目指しているんだよ。
「大丈夫だよ! それに医者になりたいって気持ちは本物だし」
その言葉を聞いたお母さんは安心したように見えた。
お母さんによると、突然後を継ぎたいと言い出したので、私が無理をしているんじゃないかと心配になったとのことだった。
私はある日突然医者を目指すと言い出したらしい。
昔は跡を継ぐのは嫌と駄々をこねて、父を困らせたこともあったそうだ。
そんな娘が突然、後を継ぎたいなんて言い出したら驚くのも当然だろう。
だけど、どうして私が突然医者を目指すようになったのか。
その理由は、実は私自身も分からない。
「医者になりたい」という気持ちより、「医者にならないといけない」という気持ちの方が強かった気がする。
なぜかその時のことはあまり覚えていないのだ。
でもどんな理由であれ、医者を目指したいという気持ちは本物だし、記憶が曖昧で困っていることはないから特に気にしていない。
「出発前に引き止めて悪かったわね。学校、頑張ってね!」
お母さんの元気な声が聞こえた。
「うん! いってきます」
明るく私を見送ってくれる。
宮園学園はどんなところなんだろう。
どんな出会いがあるのかな。
勉強は難しいのかな。
不安な気持ちもあるが、それ以上にこれから始まる新しい生活が楽しみだった。
学校に向かって歩いていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。
「唯ー! おっはよぉぉぉ!」
「わぁ! もう、急に抱きつかないでっていつも言ってるでしょ」
そんなことを言うと、「同じ学校に通えて嬉しい」という言葉が返ってきた。
そんなこと言われたら怒るに怒れないじゃん。
この子は一ノ瀬澪。
私の幼馴染であり、親友でもある。
明るい性格で、一緒に居るとこっちまで元気になってくる。
「ちょ、ハァハァ……。オレを置いてくなよ」
「遅い! あんたまだピチピチの十六歳でしょ!」
「いや、そこ突っ込まないでくれよ」
彼は一ノ瀬樹。
澪ちゃんのお兄さんだ。
私たち三人は保育園の時から一緒に遊んでいる。
「はぁーもう走りすぎてクラクラするわぁ。"さくら"の下でくらくら……ってか!」
その言葉で、周りの空気が冷たくなったのを感じた。
「お、おい。そこまで引かなくてもいいだろ?」
「いや、それは引くわぁ」
澪ちゃんが冷たく言い放つ。
「なんだと!? ほら、唯もなんとか言ってくれよ!」
そんなことを言われたので、私は何とかフォローすべく、「私はしょうもないダジャレとか意外と好きだよ」と答えた。
その答えもダメージが大きかったらしく、登校中はずっと引きずっているようだった。
それでもきっと、樹くん自身はそんなに傷付いていないと思う。
これが私たちのいつものノリだからだ。
私はこんな風に気を遣わなくていい彼らが大好きだ。
樹くんは先輩だけど、つい気を許して冗談も言ってしまう。
そんなことを思いつつ、私は再び彼らの会話を聞き続ける。
「てかよぉ、唯はいいとして澪がうちの高校来るとか意外すぎるんだけど」
「はぁ!? それどういう意味よ」
「だってお前勉強苦手じゃん」
「それはそうだけど、それでも唯と同じ学校に行きたかったんだもん」
この言い争いもいつものこと。
ふたりはよく些細な喧嘩をしているけれど、仲が良いことに変わりはない。
「澪ちゃんすごく勉強頑張ったもんね。私も一緒に通えて嬉しい!」
流石に区切りを付けようと思った私は、澪ちゃんにそう声をかけた。
「やっぱり私の味方は唯だけだよ」と言いながら、澪ちゃんは私に抱きついてくる。
こういうところは何年経っても変わらない。
「そういえば、宮園学園に理央も通うらしいぜ」
「ん? 理央ってだれ?」
突然知らない人の名前が出てきて、澪ちゃんも驚いているようだった。
「え、知らない? 九条理央。オレと同じサッカークラブ入ってたんだけど」
「えー初めて聞くな。うち、あんまそういうの気にしてなかったし。唯は知ってる?」
「いや。私も初めて聞く名前だね」
でもどこか懐かしい感じもする。
樹くんは何故かその後黙り込んでいる。
気になった私は、その人がどうしたのと聞いた。
「何でもない。知らないならいんだ。でもすっげぇイケメンだから惚れるなよ?」
「何処から目線よ」と、すかさず澪ちゃんのツッコミが入る。
今なにか間があったような……。
まぁ、私の気にしすぎだよね。
その後も私たちは、些細なことを話しながら学校に向かった。
この時はまだ知らなかった。
九条理央という存在が、私の未来を大きく変えるということを……。
学校に近付くと、だんだんと騒がしくなった。
私たちは玄関に張り出されているクラス表を確認する。
「あ! 私A組だ」
澪ちゃんは何組だろうと様子を伺うと、彼女は絶望の眼差しをこちらに向けていた。
どうやらクラスが離れてしまったようだ。
そんな様子を見た樹が、またいつものノリで話しかける。
「ちなみにオレはA組。やったな! 唯、同じクラスだぜ」
「兄貴は二年生でしょ。留年したの?」
「冗談だって。でも、話す時間は結構あると思うよ。これからも一緒に登校すんだろ?」
「それはもちろん」
いつもの調子を取り戻したようだ。
そうだよね。
クラスが離れても、話すタイミングは沢山ある。
「理央はA組か」
突然ボソッと呟く樹くんの声が聞こえた。
「理央ってあのサッカークラブの?」
「そうそう。まぁ、直ぐに分かると思うよ。理央! って感じの顔してるから」
なによそれ。
意味が分からなかったけど、樹くんのおかげで緊張が和らいだ気がした。
クラスを確認した私たちは、それぞれの教室へと向かい、私は静かに教室の扉を開いた。
教室に入ると何人か、生徒が集まっていた。
結構早く出たと思ったんだけどな。
入学式だからみんな早く来ているのかな。
私にはもちろん中学時代の友達が居た。
でもこの学校に進学したのは、私と澪ちゃんだけだった。
だから友達ができるか少し不安である。
座席を確認すると、私は後ろの方の席だった。
「隣は、瀬川紗奈? 誰だろ」
隣の子はまだ来てないようだ。
そう思いつつ教室を眺めていると、人だかりができていることに気が付いた。
その時、ふと声が聞こえてきた。
「あーやっぱりこうなったかぁ」
突然聞こえてきたその声につい驚いてしまった。
「あ、あなたが唯ちゃん? おっはよー!」
「え、ええ……。おはようございます」
彼女のテンションの高さに、思わず圧倒されてしまう。
「そんな萎縮しなくたっていいって! 同い歳なんだしさ」
フレンドリーな子だな。
でも悪い子じゃなさそう。
彼女の名前は瀬川紗奈と言うらしい。
どうやらこの子が隣の席に座るみたいだ。
自己紹介をする姿は、まるで澪ちゃんのようだった。
この子なら仲良くなれそうと思った私も、改めて自己紹介をする。
「もう知ってるみたいだけど、私も改めて自己紹介するね。私の名前は東雲唯。これからよろしく!」
挨拶を済ますと、「唯ちゃん!」と明るく呼ぶ声が聞こえた。
早くも友達ができて嬉しかった。
そういえば、彼女が言っていたやっぱりこうなったってどういう意味なんだろう。
そのことを聞くと、どうやら囲まれている人が九条理央といい、中学時代のクラスメートだったそうだ。
また名前が出てきた。
今日で何回だろう。
そんなに有名な人なのかな。
私の心を読んだかのように彼女は話を続ける。
「なにせあいつイケメンだからねぇ。しかも成績優秀、スポーツ万能。そりゃモテるのも納得いくわぁ」
確かに彼の容姿は目を引くものがある。
「知り合いなの?」
「いや。知り合いっていうか、ただ見てただけ。あたしとは関わる機会無かったからさ」
「そうなんだ」
私はそう呟いた。
まぁ、そんなに有名な人なら、私と関わることなんてないんだろう。
その時の私はそう軽く考えていた。
その後も私は紗奈ちゃんと話しながら、先生が来るのを待った。
一瞬、どこからか視線を感じたような気がしたが、慣れない場所で緊張しているせいだと思い、特に気にすることはなかった。
「おはようございます」
しばらくして、HRが始まった。
先生の声に続き、生徒がまばらに挨拶をする。
先生の挨拶を聞きながら、優しそうな人だと感じた。
挨拶もそこそこに、入学式の動きを確認した後、呼名の練習、そして代表挨拶の練習も行われた。
「新入生代表の挨拶は九条理央さんにお願いしています。九条さん、お願いします」
「はい」という少し低めの声が聞こえた。
理央さん、かなり頭が良いんだな。
やっぱり他の生徒の注目も浴びている。
そんなことを思いながらも、ついに始業式が始まった。
「東雲唯」
「はい!」
私は体育館に響くように、大きい声で返事をした。
順調に進んでいく中、いよいよ新入生代表の挨拶になる。
「暖かな春の訪れと共に、私たち百八十名は宮園学園の一年生として入学式を迎えることができました」
うわぁ……。
堂々としていて凄いな。
そして正直……
「めっちゃかっこいい……」
私はつい、彼に見惚れてしまった。
「20✕✕年4月7日新入生代表、九条理央」
その時盛大な拍手が体育館に響く。
その音で、ようやく私は現実に戻った。
そして、その次に生徒会長による挨拶も行われた。
「歓迎の言葉。生徒代表、白銀有栖」
「はい」
凛とした声が響く。
綺麗な人……。
「歓迎の言葉」
彼女の言葉は、これから始まる生活の不安なことを取り除いてくれるようだった。
言葉の一つひとつから妙な説得感を感じたのだ。
理央さんもどうやら彼女の方をじっと見ているようだった。
いくら理央さんでも、やっぱ美女には叶わないのか。
そんなことを思っていると、有栖さんと目が合った。
彼女は優しく微笑みかけてくる。
その微笑みは、これからの生活を応援してくれているような、嬉しさを滲ませているような、そんな不思議な感じがした。