エピソード18
side東雲唯


 私は治療に専念するために、休学することを決めた。

 病院生活は慣れてきたけど、一人で居る静かな時間はどうも慣れない。

 「唯ー。入るね」

 その時、澪ちゃんの声が聞こえた。

 「唯ちゃん。これお見舞いの品! 後で食べてね」

 どうやら紗奈ちゃんも一緒にお見舞いに来てくれたようだった。

 私が休学した理由は父と母を除いて、限られた人にしか伝えていない。

 先生とお見舞いに来てくれた二人、あと樹くんだけだ。

 私は二人から学校の様子について話を聞いていた。

 何気ない内容だったけど、今の私にとってはかけがえのないものに感じられた。

 「じゃあうちらは帰るね! しっかり休むんだよ」

 「うん。来てくれてありがとね」

 二時間ほど会話をし、太陽が沈み始めた頃に二人は帰っていった。

 一人になると、また静かな時間が流れる。

 「はぁ……。学校に行きたいな」

 両親は毎日忙しくてお見舞いに来れる時間は限られているし、澪ちゃんたちもお見舞いに来てくれるけど、一人になるとやっぱり寂しさを感じる。

 隣に誰かが居てくれるということが、どれだけ心強いのかを改めて感じた。

 そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 「どうぞー」

 誰だろ……。

 二人は帰ったはずだし、樹くんも今日はお見舞いに来れないと言っていた。

 となると、お父さんかお母さんしかいないけれど、二人は仕事中だし……。

 「……唯。久しぶり」

 「どうして……」

 そこに居たのは理央くんだった。

 「どうしてここに居るって分かったの?」

 理央くんは黙ったままだった。

 澪ちゃんが言うとは思わないし、紗奈ちゃんとは話したことないって言ってた。

 となるとあとは……。

 「……樹くんから聞いたの?」

 なんでよ。

 理央くんにだけは秘密にしてほしいってお願いしたのに。

 「樹のことはあまり責めるな。俺が……教えてくれってしつこく言ったんだよ」

 「どうして……。どうしてそこまでして……」

 「それはこっちのセリフだ」

 私の言葉に被せるように理央くんが言う。

 「どうして俺に秘密にしようとした? それなりに仲良くなれたって思ったのは俺の勘違いだったのかよ」

 違う……。

 「……勘違いじゃない」

 「じゃあどうして!」

 「理央くんだから!」

 理央くんは意味が分からないと言うような顔をした。

 「俺だからって……どういう意味だよ」

 私の気持ちを言っても良いのだろうか。

 こんなことを言えば、理央くんに負担がかかってしまうのではないか。

 それでも理央くんの表情は真剣だった。

 だからつい、私は弱音を吐いてしまった。

 「理央くんに……心配をかけたくなかった。どうしてかは分からないけど、理央くんに私の弱い姿を見せたくなかった。それに、当たりが強くなっちゃうかもしれないし……。理央くんを困らせたくなかったの!」

 きっと理央くんは何言ってるんだろうとか思ってるんだろうな。

 急にこんなことを言われても戸惑うよね。

 しかし、理央くんから返ってきた言葉は予想外のものだった。

 「なんだ。そんな理由だったんだな。俺が頼りないとかじゃなくて」

 理央くんは頼れる人だよ。

 強くて、一緒に居ると安心する人。

 だからこそ傷付けたくなかった。

 理央くんはそのまま話を続けた。

 「だったら、思う存分俺に迷惑をかけて。唯の力になりたいって思うし、唯の弱い姿も見せてほしいって思う」

 「……なんでよ」

 なんで……。

 どうしてそんなに理央くんは優しいの?

 「好きだから」

 ……え?

 今のって……聞き間違い?

 「唯のことが好きだから。好きな人のことは放っておけないし、頼ってほしいって思う。これって当たり前のことじゃないか?」

 好きって……。

 理央くんが私を?

 驚きすぎて言葉が出ない。

 「えっと……」

 もう、理央くんを困らせるとか、そういう話ではなくなった。

 理央くんの告白があまりにも衝撃的だったから。

 「別に、返事が欲しいとかそういうことじゃないんだ。ただ、唯が今どんな思いなのかをしっかり話してほしい」

 私の思い、か。

 ここまで言ってもらって、伝えるのが怖いとか、そういうことはもう考えなかった。

 だから今の率直な気持ちを伝えた。

 「正直、怖いよ。治療を続けてもなかなか良くならないし、明日もしかしたら私はこの世に居ないんじゃないかって思うと、夜も眠れない。手術をしたとしても長く生きられる保証はないし……。本当は生きていたい。死にたくない。でも……でも、どうしたらいいのか、私……分からないよ」

 一度口に出してしまうと、自分の気持ちが抑えられなくなった。

 それでも理央くんは、最後まで私の話を真剣に聞いてくれた。

 そして私の話が終わると、

 「……そうか。話してくれてありがとな」

 と一言だけ呟いた。

 今の私にはそれで良かった。

 変に慰められるよりかは、ただ静かに傍にいてくれる。

 それだけで幾分か気持ちが楽になったような気がした。

 今日理央くんと話をすることができて良かったと思う。

 「もし理央くんが良いならだけど……またお見舞いに来てくれない?」

 だから私は勇気を出して理央くんにそう言ってみた。

 「もちろん。なんなら毎日来るよ」

 「それはちょっと……」

 気まずいと思っていた関係が、今では冗談を言い合えるまでの仲になった。

 理央くんとの他愛もない会話こそ、今の私にとっての治療薬だった。