エピソード17
side九条理央

 唯が学校で倒れたあの日から、彼女と連絡が取れなくなってしまった。

 樹に聞いても、知らないとはぐらかされるだけで、結局唯の状態は分からないままだった。

 だったら家に行けばいいだろうと思うかもしれないが、俺には到底そんな勇気はない。

 だから早く冬休みが終わってほしくて仕方がなかった。

 休みが明ければ、唯と学校で会えるだろう。

 そうしたら直接話を聞けばいいじゃないか。

 そして、長い長い冬休みが終わった。

 期間的には短かったのだろうけど、唯と連絡が取れない俺にとっては、その時間さえ長く感じられた。





 結論から言えば、学校が再開しても唯に会うことはできなかった。

 何日、何週間待っても、唯が学校に来ることはなかった。

 初めこそ、唯が学校に来ていないことを心配する人が多かった。

 唯は人気者だから。

 そんな人が学校に来ないとなれば、不思議に思うのも当然だろう。

 だけど、それも数週間経てば当たり前の日常のように化していた。

 俺はその現実が受け入れられなかった。

 どうしていつも傍に居た人が居なくなったのに、そんな平然としていられるのか。

 でもそれが現実なのだろう。

 人は自分のことだけで精一杯だから。

 俺もそうだったように。

 でも、このままじゃいけない。

 俺はまず真実を知らなければならない。

 先生に聞いても、個人情報だからと教えてくれないだろう。

 だったら聞く相手は一人しか居ない。

 だから俺は、部活終わりに樹を呼び出した。

 「どうした? 改まって急に。もしかして告……」

 「違う。俺が何を聞きたいのか分かってるんだろ」

 お願いだから本当のことを教えてくれ。

 いつもの飄々とした態度が一変し、樹の顔つきは真面目なものへと変わった。

 「……唯のことだろ? でも、ごめん。それは教えられないんだ」

 弱々しい声で樹がそう言う。

 「どうしてだよ! 俺だって唯のことが心配なんだ! なのに俺は……唯のことを何も知らない。今彼女がどうしているのか、何を思っているのか」

 ただ彼女を幸せにしたいだけなのに、どうしてこんなに上手くいかないんだ。

 やっぱり……俺じゃ唯を救うことができないのか?

 「……唯が、そう言ったのか? 俺には話すなと」

 「……あぁ」

 どうして……。

 どうしてなんだ。

 今も昔も、唯は俺に大事なことを言ってくれない。

 仲良くなりたいって言ってくれた言葉は嘘だったのかよ。

 「……お願いだ。教えてくれ。唯がどうして学校に来ないのか。今どこに居るのか」

 樹も戸惑っているようだった。

 樹も、どうしたらいいのか分からないのだろう。

 どのくらい時間が経っただろうか。

 しばらくして、樹はゆっくりと話し始めた。

 「……唯が学校に来なくなったのは当たり前だ」

 どういう事だ?

 学校に来なくなったのが当たり前って……。

 「唯は休学することになったからな」

 「……まさか!」

 嫌な予感がする。

 「理央が懸念していたことが当たったんだよ。唯は脳に腫瘍が見つかったんだよ。それも……悪性の」

 ……嘘だ……ろ。

 あまりにも早すぎる。

 こんな結末じゃ、俺は同じことを繰り返してきただけじゃないか。

 「今は病院で治療を受けている」

 俺の……せいだ。


 「俺のせいで……。俺が無理に未来を変えようとしたから……」

 「っ……! それは違う!」

 違う訳ないだろ。

 「でも俺が過去と違う行動をとったせいで! そもそも俺が唯と関わらなければ、もしかしたら……!」

 「まずは落ち着け! それにお前のせいじゃない」

 「……」

 「病気のことは誰のせいでもねぇよ」

 本当にそう言い切れるのだろうか。

 「本来はもっと先のはずなのに……」

 「その考え方がダメなんだ。確かにお前は回帰したのかもしれない。だけどオレにとってはこれが1回目の人生だし、今の理央にとってもこの場所は"過去"じゃなく"現在(いま)"だろ?」

 「……うん」

 「お前は悪い方向に考え過ぎだ。確かに過去とは違う流れになってるかもしれない。だけどそれって良い方向にも変えられるってことじゃないか?」

 「……!!」

 未来が変わった。

 それも悪い方向に。

 そこだけを捉えれば、確かに自分を責めるしかないだろう。

 でも未来が変わったという事を考えれば……。

 未来は変えることができる。

 もしかしたら良い方向にも変えられるんじゃないだろうか。

 「だったら今やるべき事は決まってるよな」

 「唯に……会いにいってくる」

 「それでこそ理央だ! 大丈夫。唯は助かるから。だから理央が寄り添ってやってくれ」

 「ありがとな。樹が居てくれて良かったよ」

 「おう! こういう時はお互い様だ!」

 「じゃあ……行ってくるな」

 「あぁ、行ってらっしゃい」

 樹には感謝してもしきれないな。

 樹が居なきゃ、また同じ道を進むところだった。

 どうして今も昔も、俺に隠そうとするのか、唯に聞かなければならない。

 しっかり向き合わなければいけない。

 そうすれば……俺が回帰したみたいに奇跡が起こるかもしれないから。

 「……」

 「これで良かったんですよね。白銀先輩」

 「私のお願いを聞いてくれてありがとね」

 「それは別にいいですけど、どうしてオレなんです?」

 「理央の秘密、知ってるみたいだったから」

 「そうは言っても詳しいことまでは分かりませんけどね」

 「それでも……ありがとね」

 「でも、直接伝えた方が良かったんじゃないですか?」

 「……私は介入し過ぎたみたいだから」

 「全く……。二人ってなんか似てる所ありますね」

 「……意外と鋭いとこあるのね」

 「よく言われます」

 「それより、本当に唯は大丈夫なんですよね?」

 「えぇ、私に方法があるから」

 「それってどういう方法なんですか? 危ないことなんじゃ……」

 「安心して! 誰にも危害は及ばないから」

 「先輩ってホント謎が多い人ですね」

 「……よく言われるわ」

 「……じゃあ、唯のこと頼みますね」

 「任せて。何があっても、唯ちゃんは救ってみせるから」