エピソード16
side東雲唯


 どこからか言い争う声が聞こえる。

 どうして喧嘩をしているの……?

 二人とも辛そうだよ?

 そんな二人の様子を見ていると、私まで辛くなってきた。

 苦しい……。

 悲しい……。

 悲痛な心の叫びが聞こえてくるようだった。

 私はそんな彼女を励まそうとして手を伸ばすと、彼女がこちらを見た。

 「えっ……私?」



***


  
 「明日から冬休みですが、規則正しい生活を心がけてくださいね」

 あ……。

 またボーッとしちゃってたみたい。

 明日から冬休みということで、先生がなにやら連絡をしている。

 でもあまり頭に入ってこないような気がする。

 ふと、理央くんの方を見ると彼も集中できていないようだった。

 というより、何か考え事をしているような……そんな感じがした。

 「ではこの後に終業式があるので、皆さん体育館に移動してください。じゃあ挨拶お願いします」

 先生の言葉で私たちは一斉に立ち上がった。

 その時だった。

 「……ッ!!」

 今までにないほどの激しい頭痛に襲われた。

 目の前が真っ暗になった。

 「……い……ちゃん!」

 誰かの声が聞こえる。

 でも……よく聞こえない。

 私の意識はそこで途絶えてしまった。

 



 『東雲さん。今までにこのような症状はありましたか?』

 『いえ……。初めてです』

 ここは……?

 体が石のように固まって、思うように動くことができない。

 『……そうですか。東雲さんの話を聞く限り、典型的な症状が出ているようですが、まずはMRI検査をしましょうか』

 『……はい』

 またおかしな夢を見ていた。

 いや、夢にしてはあまりにもリアルで、まるで私が経験したことがあるかのように感じられた。

 『東雲さん。ここの白い影が見えますか?』

 !!

 画像を見て直ぐにわかった。

 この白い影は、父が使っていた医学書にも説明が載っていたから。

 じゃあ今までの症状は全部……。

 『脳腫瘍……ですか』

 『……はい。しかも悪性のものです。ですので、今直ぐに手術をしなければ大変危険な状態です』

 『でも……手術をしても治るって言い切れるんですか?』

 そんな訳ない。

 悪性脳腫瘍はたとえ手術が成功したとしても、長く生きられる保証はないという。

 それに加えて、合併症の恐れもあるということだ。

 簡単に決断できるわけがない。

 『正直なんとも言えません。ですから一度旦那さんと相談なさって……』

 『彼には言わないでください!』

 夢の中の言葉とはいえ、流石に驚いた。

 その声はあまりにも切ないものだったから。

 『……お願いします。彼に、心配をかけたくありません。迷惑をかけるわけにはいかないんです』

 『ですが……』

 い……ゆ……

 その時どこからか声が聞こえた。

 これも夢の中の声なのかな。

 その声を聞いた途端、体が動けるようになり、私はゆっくりと目を開けた。

 「……唯!!」

 あ……あれ?

 ここは……現実?

 「唯……! 良かった。目が覚めたんだな」

 そっか。

 私倒れちゃったんだ。

 「東雲さんは、教室で倒れちゃったんだけど覚えてる?」

 「……はい」

 みんなに迷惑かけちゃったな。

 「みんな心配してたわ。もう終業式も終わったから帰ったらって言ったんだけど、九条くんは、目を覚ますまで残りますって言ってずっと傍に居たのよ」

 理央くんがそんなことを?

 信じられない。

 理央くんは私よりも辛そうな表情をしていた。

 どうして私のためにそんな表情をしているの?

  お願いだからそんな顔で私を見ないでよ。

 じゃないと……私どうしたらいいか分かんないじゃん。

 「じゃあ私は親御さんに連絡をしてくるわね。それまで、九条くん、東雲さんのことよろしくね」

 「分かりました」

 そう言って先生は職員室へと向かった。

 保健室に暗い空気が漂う。

 何か話さないと……。

 「ねぇ、理央くん」

 「……どうした」

 その声は初めて声をかけた時と同じ冷たい声だった。

 でも不思議と前みたいな苛立ちはなかった。

 心から心配してくれているのが分かったから。

 「もう少しでクリスマスだね」

 「そうだな」

 口から出たのは、突拍子もない言葉だった。

 「……一緒にイルミネーション観に行かない?」

 私から彼を誘うのは初めてだった。

 こんな時に言うことでもないけど、それでも言わずにはいられなかった。

 この体調不良の原因が何か、薄々気が付いていたから。

 「……そんなの、今じゃなくてもいいだろ」

 ますます冷たくなる理央くんの声。

 そうだよね……。

 いくら仲良くなっても、付き合ってもいないのに一緒にイルミネーションを観に行く理由なんてないよね。

 「イルミネーションは……また来年一緒に行けばいいだろ」

 !!

 理央くんはそのまま言葉を続けた。

 「お前、その体調で遊びに行くつもりなのか? まずは自分の体調だけを考えろ。そしたらイルミネーションでも何でも、お前が行きたい場所には何回でも、何十回でも一緒に行ってやるよ」

 ぶっきらぼうな口調だけど、言葉の一つひとつから、私のことを心配してくれているのが伝わってくる。

 「……俺は、お前に生きててほしい」

 「……理央くん」

 もしかしたら彼は何か知っているのだろうか。

 じゃなきゃ、どうしてこんなに辛そうな顔をしているの?

 分からないことだらけだった。

 窓の外は夕焼けに染って赤くなっている。

 その赤色が、今の私には恐ろしいものに感じられた。