エピソード13
side東雲唯


 有栖さんと遊んだ次の日も、朝の頭痛は治まらなかった。

 何だか寝覚めが悪い。

 私は、憂鬱な気持ちを抑える為に昨日の楽しかった出来事を思い出していた。

 服を買って、雑貨を見て、アクセサリーを買って、それから……。

 「……あれ? 私……その後何したんだっけ?」

 おかしい。

 昨日のことなのに、全く思い出すことができない。

 あんなに楽しかったのに忘れてしまうなんて……。

 「唯ー! そろそろ準備しないと遅れるわよ!」

 「はーい!」

 違和感を感じながらも、今はとりあえず学校に行かなくてはならない。

 「あれ? お父さんは?」

 「お父さんは大事な手術を控えてるからしばらく早く家を出るって言ってたわ。昨日確か伝えたはずだけど……忘れちゃったの?」

 ……え?

 そんなこと、記憶にない。

 「きっと寝ぼけてたからよく聞いてなかったんだと思う」

 「そう……。唯……あなた顔色悪いけど、大丈夫?」

 「大丈夫! そろそろ行かないと本当に遅れるからもう行くね! 行ってきます」

 私は、何か言いたそうなお母さんから逃げるように家を出た。

 お父さんに相談しようと思っていたけれど、大事な手術が控えているなら余計な心配かけない方がいいよね。

 だから、私が耐えないと。

 大丈夫……。

 しばらくの辛抱だから。

 準備を済ませた私は学校へと向かう。

 今日は澪と樹は用事があるみたいで、早めに学校に行くらしいから、今日は私一人で登校している。

 「あれ、唯? 樹達を迎えに来たのか?」

 その時、理央くんの声が聞こえた。

 理央くん、どこかに寄ってから来たのかな。

 確か家は駅の方だから逆方向だったはず。

 「理央くん、おはよ! 今日は樹くん達早めに行くって言ってたから家には行かないよ」

 「じゃあどこに向かってんだ?」

 「どこって……普通に学校だけど?」

 何を当たり前のことを聞いてるんだろう。

 「え……? こっち駅方面だけど」

 ……あれ?

 確かに、よく見るといつも学校へ向かう道とは違う気がする。

 「あ……私今日寝起き悪くて、寝ぼけたままだったみたい」

 「大丈夫かよ」

 「大丈夫! 折角だし、一緒に学校行こ!」

 「誘われなくてもそのつもり。今日の唯なんだか心配」

 あんなに冷たかったのに、私のことを心配してくれるなんて。

 「……ありがと。じゃあ行こうか」

 それにしてもどうして道を間違えたのだろうか。

 何ヶ月も通った道なのに、方向を間違えるなんて。

 ましてや理央くんに指摘されるまで気が付かなかったのはどう考えてもおかしい。

 その違和感は学校に着いてからも消えなかった。

 「……ちゃん、唯ちゃん!」

 「……あ、ごめん。何か用だった?」

 目の前には心配した様子の紗奈ちゃんが立っていた。

 「いや、何回呼んでも返事がなかったから。唯ちゃん、さっきからずっとボーッとしてるね」

 そんなつもりはなかったのに、うっかり紗奈ちゃんにまで心配をかけてしまったみたいだ。

 「心配かけてごめんね。ちょっと疲れが溜まってるみたい」

 「そう? しっかり休むんだよ。唯ちゃんが暗い顔をしてると、あたしも気分が乗らないから!」

 「ありがとう」

 紗奈ちゃんが心配してくれている奥で、理央くんもこちらを見ているような気がした。

 理央くんにも心配かけているとか、よっぽど酷い姿なんだろうな。

 今日はその後、特別なことはなくただゆっくりと時間が流れていった。

 幸いなことに、午後になると午前中のダルさもほとんどなくなっていた。

 「……唯」

 帰る準備をしていると突然理央くんから声をかけられた。

 「どうしたの?」

 「今日この後用事あるか?」

 用事は特にないけど……。

 どうしたんだろう。

 「ううん。このまま帰る予定だったけど、それがどうしたの?」

 「駅前のカフェに行かないか?」

 「えっ!」

 理央くんがカフェに誘ってくれるなんて。

 驚いたけれど、甘いものを食べたい気分だったし、提案を受けることにした。

 「行きたい!」

 「じゃあ決まりだな」

 そう言って、あの優しい笑顔を見せてくれた。





 「いらっしゃいませ」

 足を踏み入れるごとに、甘い香りに包まれる。

 今日は思ったよりも空いているようだった。

 「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びくださいませ」

 「理央くんは何が食べたい?」

 「あ……俺は、唯と同じものがいいな」

 「そう? 分かった」

 私は既に食べたいものが決まっていたため、直ぐにボタンを押した。

 「シフォンケーキと紅茶を二つずつください。あと、ケーキの方一つ生クリームなしでお願いできますか?」

 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 理央くんが不思議そうな表情を浮かべているのが伝わってきた。

 「どうして生クリームなしにしたんだ? 甘いもの好きだろ?」

 やっぱり。

 私が甘いものが好きだって分かっててここのカフェ誘ったんだね。

 でも……

 「理央くんは甘いもの苦手でしょ? そっちは理央くん用」

 「……! どうして……」

 どうして知ってるのかって?

 理央くんだけが私のことを知っている訳じゃないの。

 私もそれなりに理央くんのこと分かってきたんだから。

 でもそんなことを言うのは恥ずかしいから、ここは少し嘘をつくことにした。

 「樹くんが言ってたからね。苦手なのに誘ってくれてありがとね」

 「……別に。唯が喜んでくれるならそれでいい」

 もうっ!

 ツンデレなんだから。

 でもやっぱり、そういうところが可愛いと思ってしまう。

 「お待たせいたしました。ご注文のお品でございます」

 ケーキが届くと、優しい香りが辺りに漂う。

 「いただきます」

 そう言うと、私はケーキを食べる理央くんの方を見た。

 「どう……かな?」

 「……美味しい!」

 「でしょ! 私も早く食べよっと!」

 ここのお店は全体的に強い甘さが特徴のカフェだ。

 でも何品か、甘いものが苦手な人用のケーキも揃えている。

 その中の一つが私たちが頼んだシフォンケーキだった。

 「あ……そうだ。これを先に聞くべきだったんだろうけど、体調は大丈夫か?」

 「え? 体調?」

 ケーキを食べ終わった頃に理央くんが突然尋ねてきた。

 「今日ずっと具合が悪そうだったから。今は大丈夫か?」

 理央くんも悩んでるような表情をしていたけれど、ずっと私の体調を気遣ってくれていたんだね。

 「大丈夫だよ! 心配かけちゃってごめんね」

 やっぱり理央くんは優しい人だ。

 不器用な優しさだけど、こうやって私を気遣ってくれている。

 「そっか。ごめんな。もっと早くに気付いてやれなくて」

 「もう! 心配しすぎだって。確かに少しボーッとしちゃってたけど、今は全く問題ないよ!」

 「そっか……。それならいいんだけど」

 それから私たちは他愛のないことを話した。

 係の仕事で一緒になることはあっても、こうして理央くんと学校以外で二人っきりになるのは初めてだった。

 理央くんと初めて過ごしたその時間は、思った以上に楽しいものだった。

 「今日は誘ってくれてありがとね」

 「あぁ。今日はしっかり休めよ」

 そうして私たちはそこで別れた。

 優しい香りと理央くんの笑顔がまだ頭から離れない。

 今日は久しぶりにゆっくり眠ることができそう。

 私は、そんなことを思いながら家へ帰るのだった。