エピソード10
side九条理央
「じゃあ、今日の部活は終わり! お前ら、しっかり体休めろよ」
はぁ……。
やっぱ強豪校ともなると練習はキツイな。
数ヶ月前に三年生が引退し、一年生も本格的に練習に参加するようになった。
想像はしていたが、いざ体感すると思っている以上に体力は削られるものだった。
「理央お疲れ。一緒に帰ろうぜ」
「お疲れ様。今日は東雲と一緒じゃないのか?」
「唯? まぁ別にいつも一緒に帰ってる訳じゃないし、今日は部活のメンバーでご飯食べに行くって言ってたぞ」
俺はなんで唯の名前を出してんだよ。
これじゃあ変に思われるじゃないか。
「……そっか」
俺はどう反応すれば良いか分からず、ただ流すように返事をした。
「あ……『君に会いたい』だ」
家に向かって歩いていると、駅に貼ってあるポスターを見つけた。
「もう公開されてるのか。そういえば唯と観に行く約束をしたな」
「そう……」
「あ、どうせなら理央も一緒に行かないか? 澪が理央と唯誘って遊ぼうって言ってたし」
協力ってこういうことだったのかよ。
俺と唯が一緒に遊びに行くって明らかに不自然じゃないか。
「樹は……東雲と二人で行かなくていいのか?」
「オレ?どうしてオレが唯と二人で行くんだ?」
「……東雲のこと好きなんじゃないの?」
ずっと笑顔だった樹が一瞬表情が固まったのが分かった。
「そう……見えるのか?」
ハッキリとした返事じゃない。
樹がそんな反応をするということは、少なからず自分でも自覚はしているということだろう。
「唯はきっと俺のこと兄貴程度にしか見てないんだろうな。まぁ、自業自得だけどな」
樹の悲しそうな表情が強く頭に残る。
「そんな暗い顔すんなって! 俺は幼馴染として傍に居るだけで満足だから!」
これは……こいつの本心なんだろうか。
長い間一緒にいても、人の本心はなかなか分からないものだ。
「だから、理央は思う存分に楽しんでくれたらいいんだよ。映画一緒に観に行くか?」
「……うん」
唯と一度しっかり話してみたかったし、この機会が丁度良いと思って樹の提案を承諾することにした。
映画を観に行くことになった約束の日。
あれから学校で何回か目が合った気がするが、特に会話をすることはなかった。
そもそも、今日俺が来ることを知っているのだろうか。
そんなことを思っていると、駅で待っている唯を見つけた。
「……理央くんだ」
「あ……」
急に名前を呼ばれたことに戸惑い、つい反応に困ってしまった。
「……おは、よう」
その声はあまりにも弱々しいものだった。
「おは……よう」
!!
まさか挨拶を返してもらえるとは。
唯が無視をすることはないだろうけど、いつも冷たい反応をしてしまう俺に挨拶を返したことに驚いた。
だから俺は、勇気を出して話を続けてみた。
「あ……その、東雲の後ろにあるポスター」
「えっ? あぁ……『君に会いたい』だよね。予定が合えばいつか観に行きたいな」
いつか……?
まさか何も聞いてないのか?
「もしかして一ノ瀬から何も聞いてないのか?」
「えっと……今日のこと? 当日まで秘密って言われて、何も教えてもらえなかった」
「今日この映画観に行く約束だったけど?」
「えっ! そうなの!」
どうして一ノ瀬は教えなかったんだよ。
「俺も観たいって思ってたから丁度良かったわ」
「意外……。理央くん恋愛映画とか苦手そうなんだけど」
「あ……まぁ、意外と好き……かも」
得意ではないのに、俺はつい嘘をついてしまった。
「……アクション映画とかの方が好きそうなイメージだった」
「え! そう見えるか?」
あ……。
これはあからさまだったかな。
「好きなんだね。アクション映画」
「でも今日の映画も楽しみにしてるから」
これは本心だった。
「あ! 二人共もう来てたんだ!」
そこに樹と一ノ瀬がやってきた。
「じゃあ揃ったことだし、そろそろ行きますか」
「映画を観に……だよね」
「えっ? 唯どうして知ってるの? 驚かせようと思ったのに!」
やっぱり……。
夏祭りの時もそうだけど、ほんとサプライズが好きなんだな。
「理央くんが教えてくれたの」
「もう! なんで言っちゃうのよ!」
「口止めされてなかったし。でも東雲喜んでたっけよ」
「そうなの? だったら良かった!」
それから俺たちは映画館へと向かった。
「やっぱ混んでんなぁ。予約しておいてよかったな」
「そうだ! 席なんだけどどうする? 四席並んで空いてるところがなくて、二人ずつに分かれないといけないんだけど」
「じゃあ、 私と澪ちゃんで……」
「ここは、オレと澪が一緒だな!」
何でそうなるんだ?
「理央もそれでいいよな?」
「え、あ……うん」
そして何で俺はそれを承諾したんだ?
でもこれは折角の機会だと思い、特に席は気にしないことにした。
没頭しすぎていたのか、あっという間に終わってしまったように感じた。
この映画を観たのは二回目なのに、いや二回目だからこそ登場人物たちの心情が痛いほどに分かった。
「……理央くん? この映画泣くほど良かった?」
え……?
しばらくの間余韻に浸っていたのか、急に唯の言葉が耳に入ってきた。
「泣いてる……? 俺が?」
きっと……"あの日"のことを思い出したせいだろうな。
この映画はあまりにも俺に重なる部分が多かったから。
「……この映画感動したもんな」
だけど本当のことを言う訳にもいかず、それっぽい事を言って誤魔化した。
「ほら、二人が見たら心配するでしょ? 涙拭いて」
そう言って唯はハンカチを差し出した。
「……え」
「あ! 一回も使ってないから大丈夫!」
「いや……そういうことじゃなくて。……ありがと。洗濯して返すな」
「分かった」
あれ、もしかしてこれは明日も話すって言ったようなもんじゃないか?
そんなことを思いつつ、俺たちはエントランスへ向かった。
樹には泣いたことをバカにされたけど、不思議と嫌な気持ちじゃなかった。
その後に唯の笑顔が見れたから。
そう思っていたのに……。
「ねぇ、理央くん。一つ聞きたいことがあるんだけど」
唯が突然駅前でそんなことを言った。
「なんだ?」
「私たちって前会ったことあるの?」
……え?
唯が……どうしてそれを?
「どうしたんだ急に」
「どうして私の好きな物知ってるのかなって思って。話したことないはずなのに……。だから昔話したことがあったのかなって思ったの」
「……とりあえず座ろうぜ」
俺は冷静さを保つために、近くにあったベンチへ座ることを提案した。
「私、実は記憶が曖昧っていうか、昔のことあまり覚えてなくて」
「……」
どういうことだ?
唯の記憶が曖昧?
そんなはずはないのに。
「だから……もしかしたらその時に会ったことがあるのかなって」
唯の鋭い質問に答えに悩んでしまった。
「半分、正解……かな」
悩んだ末に出た答えは、自分でもよく分からないものだった。
「樹がよく東雲のこと話してたんだよ」
間違ったことは言っていない。
昔も今も、口を開けば唯のことを話している。
「なんか、理央くんだけが私のことを知ってるみたい」
「そうか?」
そう思うのも当然かもしれない。
「なんか……悔しい。私ももっと理央くんのことが知りたい。もう少し仲良くなりたいって思ってるのに。だから……」
「それって……」
……ほぼ告白じゃん。
「だから、私と友達になろ!」
「……え?」
「実は私理央くんとずっと話してみたかったの。今日、沢山話せて嬉しかった」
……だよな。
樹の好意に気が付かないなら、告白なんて思考はないだろうな。
でも真っ直ぐ向き合ってくれた唯だからこそ、俺も本心を伝えたくなった。
「……俺も、楽しかった」
……友達。
友達かぁ。
「……友達。うん、俺も……仲良くなれたらって思う」
友達という響きが俺にとっては特別なものに感じられた。
上手く話すことができなかったのに、こんな風に仲良くなれる日が来るなんて、思いもしなかった。
「俺たちは今日から友達な」
そう言って俺は唯に精一杯の笑顔を見せた。
間違いなく、一歩ずつ前進している。
俺はその事実を嬉しく感じていた。
それがいけなかったのか……。
俺は思った以上に浮かれすぎていたのかもしれない。
二度と間違いは繰り返さないと思っていても、未来はそう簡単には変えることができないというのに。
side九条理央
「じゃあ、今日の部活は終わり! お前ら、しっかり体休めろよ」
はぁ……。
やっぱ強豪校ともなると練習はキツイな。
数ヶ月前に三年生が引退し、一年生も本格的に練習に参加するようになった。
想像はしていたが、いざ体感すると思っている以上に体力は削られるものだった。
「理央お疲れ。一緒に帰ろうぜ」
「お疲れ様。今日は東雲と一緒じゃないのか?」
「唯? まぁ別にいつも一緒に帰ってる訳じゃないし、今日は部活のメンバーでご飯食べに行くって言ってたぞ」
俺はなんで唯の名前を出してんだよ。
これじゃあ変に思われるじゃないか。
「……そっか」
俺はどう反応すれば良いか分からず、ただ流すように返事をした。
「あ……『君に会いたい』だ」
家に向かって歩いていると、駅に貼ってあるポスターを見つけた。
「もう公開されてるのか。そういえば唯と観に行く約束をしたな」
「そう……」
「あ、どうせなら理央も一緒に行かないか? 澪が理央と唯誘って遊ぼうって言ってたし」
協力ってこういうことだったのかよ。
俺と唯が一緒に遊びに行くって明らかに不自然じゃないか。
「樹は……東雲と二人で行かなくていいのか?」
「オレ?どうしてオレが唯と二人で行くんだ?」
「……東雲のこと好きなんじゃないの?」
ずっと笑顔だった樹が一瞬表情が固まったのが分かった。
「そう……見えるのか?」
ハッキリとした返事じゃない。
樹がそんな反応をするということは、少なからず自分でも自覚はしているということだろう。
「唯はきっと俺のこと兄貴程度にしか見てないんだろうな。まぁ、自業自得だけどな」
樹の悲しそうな表情が強く頭に残る。
「そんな暗い顔すんなって! 俺は幼馴染として傍に居るだけで満足だから!」
これは……こいつの本心なんだろうか。
長い間一緒にいても、人の本心はなかなか分からないものだ。
「だから、理央は思う存分に楽しんでくれたらいいんだよ。映画一緒に観に行くか?」
「……うん」
唯と一度しっかり話してみたかったし、この機会が丁度良いと思って樹の提案を承諾することにした。
映画を観に行くことになった約束の日。
あれから学校で何回か目が合った気がするが、特に会話をすることはなかった。
そもそも、今日俺が来ることを知っているのだろうか。
そんなことを思っていると、駅で待っている唯を見つけた。
「……理央くんだ」
「あ……」
急に名前を呼ばれたことに戸惑い、つい反応に困ってしまった。
「……おは、よう」
その声はあまりにも弱々しいものだった。
「おは……よう」
!!
まさか挨拶を返してもらえるとは。
唯が無視をすることはないだろうけど、いつも冷たい反応をしてしまう俺に挨拶を返したことに驚いた。
だから俺は、勇気を出して話を続けてみた。
「あ……その、東雲の後ろにあるポスター」
「えっ? あぁ……『君に会いたい』だよね。予定が合えばいつか観に行きたいな」
いつか……?
まさか何も聞いてないのか?
「もしかして一ノ瀬から何も聞いてないのか?」
「えっと……今日のこと? 当日まで秘密って言われて、何も教えてもらえなかった」
「今日この映画観に行く約束だったけど?」
「えっ! そうなの!」
どうして一ノ瀬は教えなかったんだよ。
「俺も観たいって思ってたから丁度良かったわ」
「意外……。理央くん恋愛映画とか苦手そうなんだけど」
「あ……まぁ、意外と好き……かも」
得意ではないのに、俺はつい嘘をついてしまった。
「……アクション映画とかの方が好きそうなイメージだった」
「え! そう見えるか?」
あ……。
これはあからさまだったかな。
「好きなんだね。アクション映画」
「でも今日の映画も楽しみにしてるから」
これは本心だった。
「あ! 二人共もう来てたんだ!」
そこに樹と一ノ瀬がやってきた。
「じゃあ揃ったことだし、そろそろ行きますか」
「映画を観に……だよね」
「えっ? 唯どうして知ってるの? 驚かせようと思ったのに!」
やっぱり……。
夏祭りの時もそうだけど、ほんとサプライズが好きなんだな。
「理央くんが教えてくれたの」
「もう! なんで言っちゃうのよ!」
「口止めされてなかったし。でも東雲喜んでたっけよ」
「そうなの? だったら良かった!」
それから俺たちは映画館へと向かった。
「やっぱ混んでんなぁ。予約しておいてよかったな」
「そうだ! 席なんだけどどうする? 四席並んで空いてるところがなくて、二人ずつに分かれないといけないんだけど」
「じゃあ、 私と澪ちゃんで……」
「ここは、オレと澪が一緒だな!」
何でそうなるんだ?
「理央もそれでいいよな?」
「え、あ……うん」
そして何で俺はそれを承諾したんだ?
でもこれは折角の機会だと思い、特に席は気にしないことにした。
没頭しすぎていたのか、あっという間に終わってしまったように感じた。
この映画を観たのは二回目なのに、いや二回目だからこそ登場人物たちの心情が痛いほどに分かった。
「……理央くん? この映画泣くほど良かった?」
え……?
しばらくの間余韻に浸っていたのか、急に唯の言葉が耳に入ってきた。
「泣いてる……? 俺が?」
きっと……"あの日"のことを思い出したせいだろうな。
この映画はあまりにも俺に重なる部分が多かったから。
「……この映画感動したもんな」
だけど本当のことを言う訳にもいかず、それっぽい事を言って誤魔化した。
「ほら、二人が見たら心配するでしょ? 涙拭いて」
そう言って唯はハンカチを差し出した。
「……え」
「あ! 一回も使ってないから大丈夫!」
「いや……そういうことじゃなくて。……ありがと。洗濯して返すな」
「分かった」
あれ、もしかしてこれは明日も話すって言ったようなもんじゃないか?
そんなことを思いつつ、俺たちはエントランスへ向かった。
樹には泣いたことをバカにされたけど、不思議と嫌な気持ちじゃなかった。
その後に唯の笑顔が見れたから。
そう思っていたのに……。
「ねぇ、理央くん。一つ聞きたいことがあるんだけど」
唯が突然駅前でそんなことを言った。
「なんだ?」
「私たちって前会ったことあるの?」
……え?
唯が……どうしてそれを?
「どうしたんだ急に」
「どうして私の好きな物知ってるのかなって思って。話したことないはずなのに……。だから昔話したことがあったのかなって思ったの」
「……とりあえず座ろうぜ」
俺は冷静さを保つために、近くにあったベンチへ座ることを提案した。
「私、実は記憶が曖昧っていうか、昔のことあまり覚えてなくて」
「……」
どういうことだ?
唯の記憶が曖昧?
そんなはずはないのに。
「だから……もしかしたらその時に会ったことがあるのかなって」
唯の鋭い質問に答えに悩んでしまった。
「半分、正解……かな」
悩んだ末に出た答えは、自分でもよく分からないものだった。
「樹がよく東雲のこと話してたんだよ」
間違ったことは言っていない。
昔も今も、口を開けば唯のことを話している。
「なんか、理央くんだけが私のことを知ってるみたい」
「そうか?」
そう思うのも当然かもしれない。
「なんか……悔しい。私ももっと理央くんのことが知りたい。もう少し仲良くなりたいって思ってるのに。だから……」
「それって……」
……ほぼ告白じゃん。
「だから、私と友達になろ!」
「……え?」
「実は私理央くんとずっと話してみたかったの。今日、沢山話せて嬉しかった」
……だよな。
樹の好意に気が付かないなら、告白なんて思考はないだろうな。
でも真っ直ぐ向き合ってくれた唯だからこそ、俺も本心を伝えたくなった。
「……俺も、楽しかった」
……友達。
友達かぁ。
「……友達。うん、俺も……仲良くなれたらって思う」
友達という響きが俺にとっては特別なものに感じられた。
上手く話すことができなかったのに、こんな風に仲良くなれる日が来るなんて、思いもしなかった。
「俺たちは今日から友達な」
そう言って俺は唯に精一杯の笑顔を見せた。
間違いなく、一歩ずつ前進している。
俺はその事実を嬉しく感じていた。
それがいけなかったのか……。
俺は思った以上に浮かれすぎていたのかもしれない。
二度と間違いは繰り返さないと思っていても、未来はそう簡単には変えることができないというのに。