ねぇ、どうして君は悲しそうな顔をしているの?

 お願いだからそんな顔で私を見ないでよ。

 そうじゃないと、どうしたらいいか分からないじゃん。

 気が付くと私の頬に冷たいものを感じた。

 あれ?

 私は、どうして泣いているのだろう。

 あなたは、誰?

 私は……

 「……誰?」



***



20✕‬‪✕‬年12月24日

 『理央くん!』

 どこからか懐かしく、優しい声が聞こえる。

 その呼びかけに笑顔で応える俺がいる。

 そうか。

 これはイルミネーションを観た時の記憶だな。

 確かこの日はちょうど初雪で、あいつは凄いはしゃいでいたよな。

 早く目を覚まさないと。

 今年もイルミネーションを観る約束をしていたじゃないか。

 あぁ、早く彼女の喜ぶ顔が見たいな。

 その時、どこからか俺を呼ぶ声が聞こえた。

 「……さん。……九条さん」

 彼女とは違う、少し低くて太い声。

 俺はそっと目を開けた。

 「九条さん。目を覚まされましたか」

 ここは、どこだ?

 俺の目に映ったのは、見慣れない白い天井と、白い服を着た男性だった。

 「あ……っ」

 なぜかうまく喋ることができない。

 ここがどこなのか、彼女はどこにいるかを聞かないといけないのに。

 「無理をなさらないでください。一ヶ月も眠っていたので、上手く話せないかもしれません」

 どういうことだ。

 俺は確か昨日、いつものように夜ご飯を作って……。

 それから……。

 おかしい。

 何故か上手く思い出せない。

 一ヶ月眠っていたって言っていたよな。

 俺はどうしてここにいるんだ。

 「……ッ! 彼女は! 唯はどこにいますか!」

 「東雲さんは……」

 嫌な予感がする。

 白い天井、白衣を着た男性、何よりこの人の暗い表情。

 まさか。

 「死んだ、のか?」

 彼の表情がますます暗くなった。

 「この度は、誠にご愁傷様です」

 その時、頭に強い衝撃が走った。

 「うっ……!」

 思い出した。

 俺は事故に遭ったんだ。

 その場所には唯が一緒に居た。

 目の前が真っ暗になるのを感じる。

 「嘘……だろ」

 「大切な方を亡くされて、お辛い気持ちは分かります。ですがご無理はなさらないでください。あなたも目を覚まされたばかりですから」

 そう言って一礼をし、彼は病室を後にした。

 俺の気持ちを代弁するかのように、花瓶には枯れた花がいけられていた。

 唯、お前がいなかったら俺はどうすればいいんだよ。

 「そんなこと言ったって、生きていくしかないでしょ」

 !!

 どこからか、不思議な声が聞こえた。

 もしかして俺、今声に出してたか?

 そんなことより。

 「誰だ!」

 「私? 私は……神様、とか?」

 突然、俺の目の前に「神様」と名乗る女性が現れた。

 ふざけるな。

 神様だって?

 だったらどうして俺にこんな試練を与えるんだ。

 「本当に神様だったら、唯のこと生き返らせることができますよね?」

 それでも、俺は何かに縋っていなければ、自分を保てそうになかった。

 神でもなんでもいい。

 誰かこの暗闇から連れ出してくれよ。

 「それは無理よ。人は死に抗えないもの。どんな人だって、いつかは死んでしまうの」

 「分かってるさ! でも、どうすればいいか分からないんだよ!」

 妙に懐かしい顔が、余計に俺をイライラさせる。

 「ねぇ、あなたの願い事は?」

 「だから、俺は唯を!」

 「そうじゃないでしょ」と、あまりにも優しい声で語りかけてくる。

 「あなたは分かっているはずよ。どうすればよかったか。どうすれば彼女を救えたのか」

 分かっている。

 分かっているけれど、もう遅いんだよ。

 「だから、もう一度教えて。あなたの願い事は何?」

 俺は、俺の願い事は初めから決まっている。

 それさえも叶わないのなら、残された選択は一つだけだ。

 「そう……。分かったわ」

 神様と名乗る彼女は神妙な口調で呟いた。

 その声を最後に、俺は再び強い眠気に襲われた。

 正直コイツのことを信用できないが、これ以外に方法はなかった。

 唯……。

 ごめんな、お前を守ってやれなくて。

 もっとしっかり向き合っていれば。

 後悔しても、もう遅い。

 再び目を覚ました時には、彼女が隣に居ない悪夢のような現実と向き合わなければならなかった。