高二の春、姉がドライブしようと誘ってくれた時のこと。
 友達とよく行くらしい夜景スポットに連れていってくれて、人工的に作られた光の景色を眺めながらなんでもない話をする。近況だったり昔話だったり思いつく限りの会話をした私たちは、もう帰ろうかと車に戻った。
 談笑しながら峠を下りていた時、突然背中に悪寒が走った。
 反射的に窓の外を見れば、道路脇におじいちゃんが立っていた。
 私が〝見えた〟時はいつも影だったり、あるいはぎりぎり性別がわかる程度のものだったのに、この時は初めて顔まではっきり見えた。だから──深夜の峠に老人がひとりで歩いているはずがないと頭ではわかっていても──生きている人間かもしれないと思った。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「今あそこに──」
 言いかけて口ごもる。
 ──何か見た時は黙ってた方がいい。霊って寂しいから、自分に気づいてると思ったらついてきちゃうんだよ。
 前に姉が言っていたことを思い出したのだ。
 生きている人間かもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。
 言うべきか迷っているうちに峠を抜け、国道に出た姉は「ちょっと飛ばすよ」と言ってアクセルを踏み込んだ。人が乗っている時はいつも安全運転なのに。ああ、お姉ちゃんも何か見たのかな、と思った。
 コンビニに寄って駐車し、姉に峠でのことを話した。すると姉は「あれ」と言いながら、私が乗っている助手席側の窓を指さした。
 そこには、手形がべったりついていた。
 あとから姉に聞いたところ、姉もおじいちゃんを見たらしい。そして、その瞬間からコンビニに寄る少し前まで、ずっと助手席の窓に手がついていたそうだ。