登場人物がいきなり増えるので、事前にさらっと紹介しようと思う。
私は中高生の頃、颯ちゃん、仁くん、野木くんという二歳上の先輩トリオとよく遊んでいた。
そこに莉子と瑠衣も含めた計六人には、ホラー好きという共通点がある。特に仁くんと野木くんは私以上のホラー好き……いや、もはやオカルトマニアだった。ちなみにふたりとも霊感はゼロで、だからこそ心霊体験をしてみたいと願うあまり降霊術を試みるタイプの変態である(さすがに全力で止めた)。
普段から野木くんの家でホラー系の映画や動画を観たり怪談話を聞かされたり、ちょこちょこ近場の心霊スポットに行ったりと少々悪趣味な遊びをしていた私たちは、先輩トリオが免許を取ってからは車で少し遠出もするようになった(度々水を差すようで申し訳ないが批判が怖いので補足しておくと、私の高校は激ユルなので在学中の運転を許可されていた。夜遊びに関しては大目に以下略)。
ただでさえ普段からまあまあ怖い思いしてるのになんでわざわざ心霊スポットなんか行くの? ──と疑問に感じている読者もいるかもしれない。
先に断っておくと、私はホラー好きではあるが、ただ映像を見たり話を聞いたりしてちょっとゾッとしたいくらいのもので、わざわざ好き好んで恐怖体験をしたいわけではない。後天的に備わってしまった霊感も早くどこかへ消え去ってほしかった(ちなみに瑠衣は、慣れすぎていてよほどのことがない限り怖くはないらしい)。
ならばなぜ行くのか、理由はいくつかある。
ひとつ目は、夜遊びという学生にとっては非現実的な単純に時間が楽しかったから。
ふたつ目は、シンプルにアホだったから。もちろん何か起きた時は怖いが日常的に経験しているわけではないし、私は『はじめに』に書いた通り病的に忘れっぽい。しかも無駄にポジティブなので、しばらく経つと「やっぱり気のせいだったかも」と思ってしまうのだ。
みっつ目は、何も起きないことがほとんどだったから。特に仁くんと野木くんがいる時に異変が起きたことは一度もなかった。理由があるのかたまたまなのか気持ちの問題なのか、はたまたあまりにも鈍感すぎる人間が紛れていると霊も興醒めしてしまうのかは定かではない。
そう、少なくともこの時点ではなかったのだ。
前置きが長引いてしまったが、これは高一の秋、この六人でやや季節外れの肝試しへ行った時の話である。
*
深夜に野木くんの車で向かった場所は、見るからに薄気味悪い林だった。車一台通るのがやっとの狭い林道を、車で行ける限界のところまで走らせる。おそらく中心部であろうところまで着くと、道はさらに細くなっていてもう車じゃ通れそうにない。
野木くんのお目当ては、林のさらに奥にある建物だそうだ。ここからは徒歩に切り替えることになり、用意周到な野木くんが調達した懐中電灯を持って車を降りる。改めて見てみると道は想像以上に細く、一列になって歩くのがやっとに見えた。
黒で覆われている林は、すでに迷い込んでいるのではと錯覚してしまうほど不気味だ。
「ちょ……無理無理。まじで無理。俺行きたくないっ」
急に弱音を吐いたのは颯ちゃんだった。彼はホラー好きのくせに怖がりなのだ。仁くんと野木くんにビビりだのなんだのとからかわれても、林への侵入を断固拒否する。かといってひとりで残るのも嫌だとわがままを言うから、私も一緒に車で待機することにした。
私は颯ちゃんのことが好きだった。だけど一緒に残ったのは、今回ばかりはふたりきりになりたいなどという邪な気持ちがあったわけではない。
私も颯ちゃんと同じく、行きたくない、と直感的に思ったからだ。
野木くんから車の鍵を預かってみんなを見送り、後部座席に並んで座る。暑くも寒くもないし、颯ちゃんが「エンジンかけてたらいきなりすっげえガソリン減ったりして燃料切れでここから出れなくなるとか洒落にならない」と小心者全開の発言を惜しみなくこぼしたので、エンジンはかけないことにした。
ライトもつけられないから暗闇だし、おまけに静かすぎるせいで車内までもが不気味だ。今にも窓の外に誰か立っていそう。
「いつも思うけど、あいつらなんでわざわざ懐中電灯なんだろうな。携帯のライトでいいじゃん」
「懐中電灯の方が雰囲気出るからとか言ってたよ」
「アホだろ」
普段通りのテンションで会話していたのに、颯ちゃんがやけにそわそわし始めた。
「どうしたの? ちょっと落ち着きなよ」
「いや……たぶん言ったことなかったけど、俺さ……実は霊感あるんだよ」
「え……うそうそ、絶対ない。まるでなさそう。超鈍感そう」
「馬鹿にすんな。見えたりはしないけど……なんとなくそういうのわかるんだよ」
本気で馬鹿にしたわけではなかった。できれば嘘であってほしかったのだ。
これはあくまで持論だが〝ある側〟が集まると奇妙なことが起きやすい気がする。
芽生えてしまった胸騒ぎを振り払うように無理やり話を変えて、なるべく明るい話題を続けるよう心がけながらみんなが戻ってくるのを待った。だけど、一時間が過ぎても姿は見えない。
「ねえ颯ちゃん、野木くんたち遅くない?」
「確かに。迷ってんのかな? どこまで行ってんだろ」
「大丈夫かな……」
心配になったからか、単に気温が下がったのか、突然寒気がした。
寒気というか、悪寒が。
「……寒くない?」
「だよな。エンジンかけてヒーター入れるか。鍵は?」
野木くんから預かった鍵を渡し、颯ちゃんが運転席へ行こうとした時。
コン
コン
コン
一瞬固まった颯ちゃんが、シートに飛びつくように座り直した。
「ちょ──なに? なに今の……」
「の……野木くんたち……じゃ、ないよね?」
「違うだろ」
戻ってきたなら懐中電灯の明かりが見えるはずだ。外灯などひとつもない真っ暗闇の中をライトなしで歩けるわけがない。
──じゃあ、誰?
コン
コン
コン
「──やっ」
「ちょ……嘘だろ──」
まるで私たちの動揺に応えるかのように、あるいは不安を煽るかのように、またノックの音が聞こえた。
パニックに陥りかけていると、ふいに車内が何かに照らされる。
やっとみんな戻ってきたのだと安堵した矢先、そうではないことに気づいた。
「……なんで?」
車のナビがついている。
エンジンなんてかけていないのに、なぜ。
地図が表示されているだけではなく、故障したみたいにノイズが走り、チカチカと点滅していた。
混乱していると、さらに信じられない光景が視界に広がった。
「颯ちゃん、あれ……温度計……」
野木くんの車にはなぜか温度計が置いてある。その温度計はものすごい速さで急上昇し、あっという間に四十度を突破した。
ありえない。四十度なんて絶対にありえない。
ヒーターのついてない車内は、凍えそうなほど冷えきっている。
「なんなんだよこれ……まじで意味わかんねえ!」
次は何が起こるの──。
もうやめてくれと胸中で懇願した時、ナビがふっと消えた。ノックの音も止んでいる。
放心していると、林の奥から光が見えた。
「あ……颯ちゃん、帰ってきた!」
私より怖がっていた颯ちゃんは、顔を上げて長いため息を吐いた。
「だから言ったろ、俺まじで霊感あるんだって。……さすがにこんなの初めてだったけど」
それは私もいるからかもしれない──とは、言わないでおいた。
野木くんたちはどれだけ歩いてもなかなか目的地にたどり着けず、結局途中で引き返したものの、どれだけ歩いてもなかなか林から抜けられなかったらしい。
温度計は、もう元の温度に戻っていた。
*
あれから一度もあの林には行っていない。
この体験をしたすぐあとに知った話だが、この心霊スポットは相当有名な場所だった。以前『全国のガチでヤバイ心霊スポット』なるテレビ番組を観ていた時も、北海道エリアで真っ先にこの場が挙げられたくらいだ(遅くなったが、本作の舞台は北海道である)。
噂によると今はもう取り壊されているそうだが、それでもなお北海道有数の心霊スポットとして名高く、不可解な体験をしたという人や──……。
とにかく、私たちがあの程度で済んだのは運がよかっただけなのかもしれない。