咄嗟に顔を背けたが、どんどん鼓動が加速していく。
楓と目が合った気がした瞬間、彼は眉目を下げながら、懐かしい顔で笑った。
たぶん、気のせいじゃない。これまでに何度も経験してきた。楓は、多くの観客の中から私を見つけたのだ。
「ごめんカンナ。私、外に行って来てもいいかな」
普通に話しているつもりなのに、自分の声が震えて聞こえる。
「らしくないよ、ウチが言ったこともう忘れた?」
「ごめん」
ふわっと柔らかく笑うカンナは、まるで涙を誘っているかのようで、私は足早に体育館を出た。
大丈夫だと思っていた。実際に、姿を見る程度は平気だった。でも……あの観客の中で、私が来ていると知らない状況で、楓は私を見つけて微笑んだ。
もたついてしまう手でバッグを漁り、スマホを取り出す。
【椎名です。今から手伝いに行っていいですか】
今回は何の迷いもなく送信ボタンを押した。
一糸先生……。お願いだから、すぐに返事をして。
祈るようにスマホを両手で握りしめる。何の意味もないのは分かっているが、何かしないと気持ちが急いて落ち着かない。
やはり電話するべきか、とりあえず美術室へ向かうか。
「あの……椎名さんですよね」
振り返った私に会釈したその子は、さきほど楓と談笑していたマネージャーらしき女子だった。
「そうですけど、なにか?」
「やっぱり! アタシ中学からバスケ部のマネやってたんで、椎名さんのこと何度も試合で見かけてたんです。今日も楓くんの応援ですか?」
カンナより小柄な彼女の上目遣いは、一切の嫌味がなく、その瞳もキラキラと輝いて見えた。
「いや、今日は友達の応援。それに楓とはもう終わってるから」
「え! すごくお似合いだったのに」
表情から察するに、これも嫌味ではないのだろう。だが今は、そんな話は聞きたくない。
「……正直言うと、アタシ前から楓くんが好きだったんです。2人が付き合ってた時から、ずっとです」
彼女の告白があまりにも唐突すぎて、一瞬、息が止まった。
「もう終わってるんなら、問題ないですよね?」
彼女の純真さを表したような瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。
楓を好きになる子はこれまでに何人もいたが、堂々と立ち向かって来られたのは初めてだ。いまの私は、ダメだと言える立場ではないのに。
「あ、えっと――」
言葉に詰まってしまった瞬間、沈黙を埋めるかのようにスマホの受信音が鳴った。
【第1美術室】
心の中でメッセージを復唱すると、画面から視線を上げ、いつもの笑顔を作る。
大丈夫。そっけない5文字のおかげで、呼吸の仕方はもう分かる。
「私には関係ないことだし、許可もいらないでしょ。じゃあ、頑張ってね」
彼女の返事を待たずに背を向け、何事もなかったように歩き出す。そして部室棟の脇を曲がると、残りの道のりを全力で走った。
「はぁッ……はぁ……いとせんせぇ、おまたせしました」
美術室のドアを開けながら、まずは精一杯の挨拶をする。
「別に待ってないけど」
楓と目が合った気がした瞬間、彼は眉目を下げながら、懐かしい顔で笑った。
たぶん、気のせいじゃない。これまでに何度も経験してきた。楓は、多くの観客の中から私を見つけたのだ。
「ごめんカンナ。私、外に行って来てもいいかな」
普通に話しているつもりなのに、自分の声が震えて聞こえる。
「らしくないよ、ウチが言ったこともう忘れた?」
「ごめん」
ふわっと柔らかく笑うカンナは、まるで涙を誘っているかのようで、私は足早に体育館を出た。
大丈夫だと思っていた。実際に、姿を見る程度は平気だった。でも……あの観客の中で、私が来ていると知らない状況で、楓は私を見つけて微笑んだ。
もたついてしまう手でバッグを漁り、スマホを取り出す。
【椎名です。今から手伝いに行っていいですか】
今回は何の迷いもなく送信ボタンを押した。
一糸先生……。お願いだから、すぐに返事をして。
祈るようにスマホを両手で握りしめる。何の意味もないのは分かっているが、何かしないと気持ちが急いて落ち着かない。
やはり電話するべきか、とりあえず美術室へ向かうか。
「あの……椎名さんですよね」
振り返った私に会釈したその子は、さきほど楓と談笑していたマネージャーらしき女子だった。
「そうですけど、なにか?」
「やっぱり! アタシ中学からバスケ部のマネやってたんで、椎名さんのこと何度も試合で見かけてたんです。今日も楓くんの応援ですか?」
カンナより小柄な彼女の上目遣いは、一切の嫌味がなく、その瞳もキラキラと輝いて見えた。
「いや、今日は友達の応援。それに楓とはもう終わってるから」
「え! すごくお似合いだったのに」
表情から察するに、これも嫌味ではないのだろう。だが今は、そんな話は聞きたくない。
「……正直言うと、アタシ前から楓くんが好きだったんです。2人が付き合ってた時から、ずっとです」
彼女の告白があまりにも唐突すぎて、一瞬、息が止まった。
「もう終わってるんなら、問題ないですよね?」
彼女の純真さを表したような瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。
楓を好きになる子はこれまでに何人もいたが、堂々と立ち向かって来られたのは初めてだ。いまの私は、ダメだと言える立場ではないのに。
「あ、えっと――」
言葉に詰まってしまった瞬間、沈黙を埋めるかのようにスマホの受信音が鳴った。
【第1美術室】
心の中でメッセージを復唱すると、画面から視線を上げ、いつもの笑顔を作る。
大丈夫。そっけない5文字のおかげで、呼吸の仕方はもう分かる。
「私には関係ないことだし、許可もいらないでしょ。じゃあ、頑張ってね」
彼女の返事を待たずに背を向け、何事もなかったように歩き出す。そして部室棟の脇を曲がると、残りの道のりを全力で走った。
「はぁッ……はぁ……いとせんせぇ、おまたせしました」
美術室のドアを開けながら、まずは精一杯の挨拶をする。
「別に待ってないけど」