明日から復帰する、とカンナから連絡を貰ったのは、病欠3日目の夜だった。
翌朝、玄関で靴を履いていると、インターホンの音とほぼ同時に、目の前のドアが開いた。

「芙由ーッ、兄ちゃんがごめーん!」

挨拶代わりに発せられた謝罪が、私の頭上を越えて家中に響き渡る。

「おはようカンナ」
「おわっ! えっ、今日早くない?」
「私が迎えに行こうと思ったんだけど、結局いつもどおりだね」

数日ぶりの再会を喜びつつ玄関を出ると、大きなあくびに拳を添えている成弥くんと鉢合わせた。

「ちょっと兄ちゃん、芙由にちゃんと謝った? めっちゃ迷惑かけたんでしょ」
「お、芙由おはよ」
「おはよう成弥くん」
「兄ちゃん!」

目的地が同じなので、3人並んで歩くのは極々自然なこと。温度差の激しい兄妹喧嘩もいつものこと。ただ、この2つが同時に発生すると、周囲の視線がより痛い。

徐々に怒りの主旨が変わっていく妹と、全てをのらりくらりと受け流す兄。
校門目前で成弥くんが友人と合流するまで、2人は何度も私の名前を呼んでいた。

「ウチのくそ兄貴がホントにゴメンね」
「もういいって」

成弥くんの本心がどこにあるのかはわからない。でも彼は、他人を傷つけて楽しむ人ではない。
……だからこそタチが悪いのだけど。

「それよりさ、明日のバスケの練習試合どうする?」

靴箱で靴を履き替えながら、話題も切り換える。

陽平から誘われた日に、カンナに連絡はしておいた。避けるほどの地雷でもない。それでもやはり、空気は少しばかり重くなった。

「ウチは行くよ。ここであるなら迷子にはなんないし!」
「……私も行こうと思ってる。避難所もあるしね」
「えっ? 避難所ってなに?」

キョトン、と目を丸くするカンナに微笑み返す。

「ひみつ」
「なにそれ気になるじゃん!」

カンナは唇を尖らせ、頬に空気を蓄えた。この百面相を見ていると、完全に回復したのだと安心する。

「まあでも、芙由は前に進もうとしてんだよね。……今日は赤飯だな」
「ごめん、あのパサパサあずき苦手」

楓のことを笑い交じりに話せるなんて、自分でもちょっとビックリだ。
私は、自ら望んでこの荷物を抱えている。それでも、この荷物の価値を理解してくれる人がいることで、前よりも心が軽い。

私達は教室へ着くなり、既に登校していた陽平と要へ、『明日、応援に行く』と笑顔で伝えた。

――残る課題はあと一つ。
今日を終える前に、自室のキャビネットにしまっておいた紙を一枚だけ取り出す。

【こんばんは、椎名です。明日は応援に行くことにしました。】

文章は完成したものの、私の手はそこで止まってしまった。

確認するほどでもない短文を読み返す。
果たしてこれは、一糸先生へ報告するべきことだろうか。手伝う気になったら連絡して、ということは、手伝えない場合の連絡は不要だろうか。

――――わ、わからない。

散々迷った挙げ句、急にこの自問自答がアホらしく思えてきて、送信ボタンに軽く触れてからベッドへ潜った。