「バスケの応援に行ったとき、女の子達の歓声が大嫌いでした。楓くーん!ってハート撒き散らして、ホント最悪」

一糸先生はあぐらの上に頬杖をつき、缶コーヒーで口を塞ぐ。相槌なんてないので、私も勝手に話を続ける。

「でもキツイときの応援って、力になるんだろうなぁって。彼女達の声援も楓の力になってるんだって思うと、肩組んで一緒に応援したくなるくらい、尊いなって」
「んで、ライバルと肩組んで応援したんだ?」

バカバカしい返しに噛みつこうとしたが、喉元まできていた言葉は飲み込んだ。

頬杖の上にあった退屈そうな顔は、それでも、しっかりとこちらを向いていた。

「……自分にとってはキライな相手で、でも好きな人にとっては必要な存在で。それを受け入れるのは、私には簡単なことじゃなかったんです」

昔の自分と、私の前で正座していた裏ボスが重なる。どれほどの葛藤があるのか、わかるからこそウルッと笑えてくる。

「裏ボス達がやった事は許せません。でも、裏ボスの想いの深さを知れたから、責めなくて良かったとは思ってます」

これ以上気持ちが昂ぶらないように、私は一度目を閉じた。

「言いたいことはなんとなく伝わった。でもさ、何度かこの話題になったけど、事実を隠してきたのは何で? まだ庇うほどの共感要素なんてなかっただろ?」

一糸先生の問いに、ゆっくりと瞼をあげる。

「一糸先生が私の立場ならどうします? くだらない理由で、って思いますか?」

誰かを好きって気持ちは、私にとって純粋なもの。行動はそれに付随しているだけ。全てを引っ括めて責めるなんて、私はしたくない。

「好きだからって、何やってもいいわけじゃないだろ」
「ホンキで好きなら尚更、私達にした事は嫌でも黒歴史としてついて回ります。反省も後悔も、先生の説教なんていらないです。だからさっきの話は忘れてください。この件に関しては、私が犯人ということで」

私が笑ってみせると、一糸先生は小さなため息を吐き、タバコを咥えた。

「ふぅってさ、マジで楓って奴のこと好きだったんだな。人をここまで寛容にさせるとか、そんな恋愛してこなかったから、よくわかんねぇよ」

恋愛のカタチは人それぞれだろうけど――。

「これでも私、くだらない恋愛も、無駄な恋愛もしてないと自負してます」
「耳が痛いわ」

一糸先生が苦々しい表情で煙を吐く。堪らず笑い声を漏らすと、普段は端麗な顔が更に歪んだ。

「告白ひとつにしたって、ちゃんと覚えてるんですよ? 目があった瞬間、楓が恥ずかしそうに視線を逸した瞬間、それから、真剣な顔で見つめ返された瞬間。全部が私の宝物です」
「そんな細かく思い出話されても、何も面白くねぇよ」

気怠そうに空を仰いだ我が担任は、自らが生み出す白煙で遊びはじめた。
それでも私は、むしろ一語一句丁寧に言葉を紡ぐ。

「思い出ですけど、思い出じゃないです。告白した、手をつないだ、キスをした――そんな箇条書きな出来事じゃなくて、私にとっては写真みたいな記憶です」
「…………」
「相手の仕草とか、周りの風景とか。思い出そうとしなくても、その一瞬一瞬が鮮明に残ってます」

私が真剣に語ろうと、一糸先生から反応が返ってくることはない。

ただ、興味がない素振りを見せながらも、しっかりと耳を傾けてくれていると分かっていた。この人になら、私の内にある思いを話してもいいと、確信めいたものがあった。

……なぜなのかは、説明できないけど。

「そういえば、お前って人気あるんだな。王子の一件で結構騒ぎになってたぞ」
「日頃からキャーキャー騒がれてる人がよく言いますね」

鼻で笑うと、ようやく一糸先生はこちらを見た。