陽平の言葉を掻い摘んで、次から次へと悩みの種が湧いてくる。懸念の一つに視線を移すと、裏ボスとバッチリ目が合った。
「ねぇねぇ! バスケ部の練習試合って今週の土曜?」
私の沈黙を埋めるように、裏ボスの側近の一人、“キノハラさん”が飛び込んでくる。彼女のきのこヘアも、わざわざ私にまで笑顔で首を傾げる腹黒さも、宿泊研修からなんら変わっていない。
「うん。よかったら見に来てよ、オレと要も出る予定だから」
「絶対行くっ! 時間とかハッキリしたら教えてね」
「りょーかい。芙由もカンナ誘って来いよ? 懐かしいヤツにも会えるしさ」
にこやかに告げられた陽平の一言で、瞬く間に鼓動が早くなった。
「懐かしい人って、共通の友達?」
「友達っつーか、萩原楓ってヤツが芙由達と同中なんだよ。高校に入ってから2番になったって話だから、久々に試合できるの楽しみでさ」
萩原楓という響きに、心臓が加減なしに跳ね回る。何かしら吐き出さなければ、窒息しそうだった。
「2番って、シューティングガードだよね。中学じゃポイントガードだったのに」
「芙由詳しいね。萩原は元々オールラウンダーだし、現任メンバーとの調整とかで変わったんじゃないかな」
ゲームメイクを任されるポイントガードから、点取り屋と呼ばれるシューティングガードへのスイッチ。それを聞くだけで、楓が必死に練習している姿を想像できる。
きっと、身長だって更に伸びているに違いない。
楓がどう変わったのか見たい。
……でも、会いたくない。
「どうした? あ、芙由って萩原と仲良いわけじゃないんだっけ?」
気づけば、声をかけた陽平だけでなく、例の3人組も怪訝な表情をしていた。
「んー。カンナの体調次第だと思うけど、行けそうだったら連絡するから」
咄嗟に笑顔を作ると、陽平は頷き返してから要の席へと向かった。自席で話を聞いていたであろう要が会釈したので、私もすかさず微笑む。
応援には行きたい。だが楓に会うと分かった以上、私にとっては、すぐに答えを出せるほどの軽い話でもない……。
「ねぇ椎名さん。ちょっと話があるんだけど」
男子2人の談笑を傍観していると、裏ボスに思考もろとも妨げられた。
「ん、いいよ」
「今じゃなくて。放課後、2人で話せる?」
「……わかった」
裏ボスはニコリともせず、艷やかな黒髪を揺らして踵を返す。
さて。私の心配は見事的中したわけだが、どうしたものか。
午後の授業が始まっても、頭の中は『週末のお誘い』と『放課後の約束』で埋め尽くされていた。何が正しいのか。何を優先するべきか。どうすれば、全方位を丸く収められるか。ノートの端に無駄なラクガキが増えるばかりで、答えが出ない。
――それでも帰りのホームルームが終わると、自動的にゴングは鳴る。
裏ボスが立ち上がる姿を横目に、ため息を一つ。これは降参の意思表示じゃない。腹を括っただけ。
「椎名さん、静かに話せる場所知ってる?」
「……他の人達はいいの?」
「2人で話したいって言ったはずだけど」
切り揃えられた前髪の下で、綺麗な眉が鋭利さを増す。
「じゃあ、ちょっと歩くけどついて来て」
誰の目も気にせずに済む場所――。
神妙な面持ちの裏ボスがタイマンでと言うなら、あそこ以外、他に候補はない。
私は先頭に立ち、押し開けたドアの隙間から“不在”を確認した後に、裏ボスを屋上へ招き入れた。
「ねぇねぇ! バスケ部の練習試合って今週の土曜?」
私の沈黙を埋めるように、裏ボスの側近の一人、“キノハラさん”が飛び込んでくる。彼女のきのこヘアも、わざわざ私にまで笑顔で首を傾げる腹黒さも、宿泊研修からなんら変わっていない。
「うん。よかったら見に来てよ、オレと要も出る予定だから」
「絶対行くっ! 時間とかハッキリしたら教えてね」
「りょーかい。芙由もカンナ誘って来いよ? 懐かしいヤツにも会えるしさ」
にこやかに告げられた陽平の一言で、瞬く間に鼓動が早くなった。
「懐かしい人って、共通の友達?」
「友達っつーか、萩原楓ってヤツが芙由達と同中なんだよ。高校に入ってから2番になったって話だから、久々に試合できるの楽しみでさ」
萩原楓という響きに、心臓が加減なしに跳ね回る。何かしら吐き出さなければ、窒息しそうだった。
「2番って、シューティングガードだよね。中学じゃポイントガードだったのに」
「芙由詳しいね。萩原は元々オールラウンダーだし、現任メンバーとの調整とかで変わったんじゃないかな」
ゲームメイクを任されるポイントガードから、点取り屋と呼ばれるシューティングガードへのスイッチ。それを聞くだけで、楓が必死に練習している姿を想像できる。
きっと、身長だって更に伸びているに違いない。
楓がどう変わったのか見たい。
……でも、会いたくない。
「どうした? あ、芙由って萩原と仲良いわけじゃないんだっけ?」
気づけば、声をかけた陽平だけでなく、例の3人組も怪訝な表情をしていた。
「んー。カンナの体調次第だと思うけど、行けそうだったら連絡するから」
咄嗟に笑顔を作ると、陽平は頷き返してから要の席へと向かった。自席で話を聞いていたであろう要が会釈したので、私もすかさず微笑む。
応援には行きたい。だが楓に会うと分かった以上、私にとっては、すぐに答えを出せるほどの軽い話でもない……。
「ねぇ椎名さん。ちょっと話があるんだけど」
男子2人の談笑を傍観していると、裏ボスに思考もろとも妨げられた。
「ん、いいよ」
「今じゃなくて。放課後、2人で話せる?」
「……わかった」
裏ボスはニコリともせず、艷やかな黒髪を揺らして踵を返す。
さて。私の心配は見事的中したわけだが、どうしたものか。
午後の授業が始まっても、頭の中は『週末のお誘い』と『放課後の約束』で埋め尽くされていた。何が正しいのか。何を優先するべきか。どうすれば、全方位を丸く収められるか。ノートの端に無駄なラクガキが増えるばかりで、答えが出ない。
――それでも帰りのホームルームが終わると、自動的にゴングは鳴る。
裏ボスが立ち上がる姿を横目に、ため息を一つ。これは降参の意思表示じゃない。腹を括っただけ。
「椎名さん、静かに話せる場所知ってる?」
「……他の人達はいいの?」
「2人で話したいって言ったはずだけど」
切り揃えられた前髪の下で、綺麗な眉が鋭利さを増す。
「じゃあ、ちょっと歩くけどついて来て」
誰の目も気にせずに済む場所――。
神妙な面持ちの裏ボスがタイマンでと言うなら、あそこ以外、他に候補はない。
私は先頭に立ち、押し開けたドアの隙間から“不在”を確認した後に、裏ボスを屋上へ招き入れた。