ふいの名指しに驚き、私は何もない場所で躓いてしまった。半数以上の冊子が腕から零れ落ちるし、無様な姿は見られるし、最悪だ。

「大丈夫ですか?」
「すみません」

散らばった冊子を拾いながら顔を上げる。
そこには、同じ高さまで下りてきていた先生の瞳があった。

「先生がイケメンだからキンチョーしてんだな! ね、芙由!」

せせら笑う声を瞬時に睨みつけると、カンナが戯けた表情で怒りをかわす。

もう、ほんとヤダ。

「ははっ。褒めてもらって有り難いけど、僕としては気軽に話せる関係の方が嬉しいですね。環境が新しくなると、何かと悩みも増えますし」
「それは大丈夫だよ、芙由はクールだけど言うときは言うから。中学の時だってウチが――」
「ねぇカンナ!」

たまらず声を張った。
教師なんかと親しくするつもりはない。内輪ネタを話す気はないし、知られたくもない。

「せっかくだしさ、私達のことより先生の話聞こうよ」
「先生のこと?」

カンナが余計な事をバラす前に、先手を打つ。
なにか適当な話題を。より食いつきそうな話題を。

『先生! 彼女はいるんですか?』

咄嗟に頭を過ぎったのは、初日の挨拶で男子生徒から挙がった定番の質問だった。

「……えっと、好きなタイプ、とか?」
「それ! ウチも聞きたい!」

私の取って付けたような提案に、カンナの視線が勢いよく先生へ移る。

担任の恋愛事情なんて私達には関係ないし、ましてや興味もない。でも前回の返答を思えば、小手調べとしては十分役に立つだろう。


――自己紹介からの流れで当然のように湧いて出た質問。先生は困ったように眉を下げて小さく笑うと、すぐに表情を引き締めた。

『えーっと、そうですね。基本一つのことに集中すると他は後回しにしてしまいます。今は初めてのクラス担任で日々その事しか頭にないので、……つまりそういう事です。察してください』

私達へ正解を委ねる形で締めくくった先生は、今度は笑顔を作らなかった。

――――さて、今回はどう答えますか?

「んー、タイプですか。難しいですね。外見よりは中身ですかね」
「なかみ?」

無意識のうちに先生の言葉を復唱してしまい、挙げ句、またしても視線がぶつかる。フッと口元を緩めた先生には大人の余裕が見て取れて、私は慌てて配布作業へ戻った。

「ねー先生、中身ってどゆこと?」
「一緒にいてワクワクするとか、刺激を貰えるとか。そういう本質的な部分で惹かれるって事ですかね」
「それじゃ頑張りようがないじゃん!」

抽象的な回答に、カンナが大声で反論しながら項垂れる。

「見た目なんてすぐ変わりますよ? そこばかりだったら、長続きはしません。何かしら軸は必要だと思いますけどね?」

にこやかに説き伏せられたカンナは『うーん』と唸っていたが、私はなぜだかスッと飲み込むことができた。
……不服なのは言わずもがな、だけど。


その後、ポツリポツリと生徒達が登校し始め、先生との早朝交流会は閉幕。協力者が増えてくれたことで、プリント配りも瞬く間に終わった。