――――ああ、ムカつく。

「別にいいんじゃね、分かってて欲しい奴がわかってくれてるなら。噂も真実も、信じたい奴しか信じねぇよ」

一糸先生は時折、回復魔法のようなセリフを吐く。抵抗なく入ってきて、()みわたり、前を向くきっかけをくれる。

「……こんな事でオドオドしてるの、ガキだなって思いますか?」
「そうだな。噂なんかに動じず、ドンと構えてる方が格好良いよな」

タバコを消して座り込んだ一糸先生の横顔は、なぜか微笑んでいるように見えた。

「じゃあ、カッコよくいることにします」
「最近素直だな」
「余計なお世話です」

私の中で淀んでいた何かが一掃されると、空いた空間に食欲が湧いてくる。
買ってきたサンドイッチにかじりつき、カフェラテへ手を伸ばす最中に、チラリと横をうかがう。

『ふぅは意外と一途だもんな』

バーガーを頬張っているこの人は、あれがどれほどの褒め言葉だったか分かっているのだろうか――。



購買部のポリ袋にゴミを詰めると、食後の一服中だった一糸先生に声をかける。

「それじゃ、私は先に戻りますね」
「早ぇな」
「ずっとここに居たら、なんか隠れてるみたいだし。澄ました態度で教室に居座ってやります」

キョトンと見返す切れ長な目を、風になびいたウェーブヘアが覆う。
耳のふちへ髪を戻した一糸先生は、白い煙を吐くだけで、何も言わない。でも、『やってみろ』と言いたげに口の端があがったので、私も同じ表情で軽く頭を下げた。

一糸先生のおかげで背筋が伸びたはいいが、校内を歩いていても、教室へ戻っても、やはり好奇の目に晒される。こうなったら、成弥くんが早く本物の彼女を作ってくれるように願うばかりだ。

「なぁ芙由、3年の榎本先輩と付き合ってるってマジ?」

雑音を薙ぎ払うような豪直球が飛んできて、スマホから顔を上げる。
隣の空席に腰を下ろした陽平は、ニカッと白い歯をみせた。

ああ……。普通に声をかけてくれて嬉しいけど、これはこれで面倒かもしれない。

「えっとね、あれは――」

教室の片隅にいた裏ボス達を横目に捉えたとき、わかりやすく周囲が静まった。

今は他のことに気を取られている場合じゃない。たぶんここが、誤解を解く唯一のチャンスだ。

「今日カンナが休みじゃん。だから、提出物を届けに来た成弥くんと、成り行きで登校したって感じ。付き合ってるとか誰が言い出したんだろうねぇ」

さり気なさを大事に、でもハッキリと声が通るように返事をする。

「なーんだっ! 付き合ってるってデマかよー!」

大げさに机にうなだれた陽平は、顔をこちらに向け、薄い唇で三日月を描いた。

思わず私がたじろぐほどの大声だった。きっと教室中に聞こえている。

「あ、ありがとう」

小さな声でお礼を伝えると、陽平はいつもどおりの屈託のない顔で笑った。私から見れば、成弥くんよりも遥かに王子様だ。

「なぁ芙由、今週末ウチの学校で合同練習試合があるんだけど、見に来ない? カンナの体調が戻ったら一緒に!」

――バスケの合同練習試合。
――カンナと一緒に。