私を元気づけているつもりなのか、茶化したいだけか。凡人の私には、王子様の考えなんて計れない。成弥くんと付き合う子はきっと心が広いか、もの好きだ。

人気がある先輩はなにもこの人だけじゃない。それこそ成弥くん界隈の人たちは、学校生活で自然と名前や顔を覚えるほど、生徒たちの話題に挙がる。だが一軍筆頭は紛れもなく成弥くんであり、靴箱につくと、自ずと肩の力が抜けた。

「じゃあな。カンナの遺言よろしくー」
「はいはい」
「あっ、芙由!」

飛び交う朝の挨拶を分け入るように、私の名前が昇降口に響く。

「俺はけっこー好きだよ!」

成弥くんの声は、そのへんの誰よりも大きかった。
周囲から一瞬だけ音が消え、波紋を描くようにどよめきが広がっていく。

――――はあ?
信じられない。なに考えてんだ、このバカ王子は!

自分の影響力を自覚している成弥くんだからこそ、タチが悪い。百歩譲って天然発言だったとしても、待ち受ける結果は決まっている。

案の定、この一件は伝言ゲームのごとく巡り巡っているらしく、休み時間の廊下が普段より騒がしくなった。



昼休みが始まると、すぐさま購買部を経由して、旧校舎の屋上へと逃げる。
バカ王子のせいで最悪だ。

屋上へのドアも、今日はより一層重く感じる。劣化とか、向かい風だからとかじゃない。全ては成弥くんのせい。……いや、自由奔放な兄を頼ったカンナのせいか?

買ってきたサンドイッチとカフェラテを置き、私も大の字になって空を仰ぐ。

薄っすらと白んだ青空の軽やかさに反して、身も心も重い。“注目の的の隣”は慣れていても、人目に晒されるのがこんなにも疲れるとは、想像もしていなかった。

「お、話題の人じゃん」

嫌みったらしい低音ボイスから少し遅れて、バタンッ、とドアが閉まる。偶然か拾い損ねただけか、いつもの鈍い開閉音は聞こえなかった。

「喧嘩を買う元気はありませんよ」

返事をしながら身体を起こす。
この人が購買部のポリ袋を提げているのは、初めてかもしれない。

「ここでご飯ですか?」
「榎本は休みだし、今日は長居しても問題ないかと思って」
「もう正体バレてるのに」

一糸先生がタバコを咥えたことで、私の突っ込みは秋風に流された。

夏休み以来の、2人きりの屋上。でも、フェンスに背を預けながら隣で佇むこの人も、この距離間も沈黙も、今ではなんら疎ましくない。

「お前スゲェな」
「ふぁい?」

カフェラテのストロー穴に照準を定めていたせいか、頭上から降ってきた唐突な褒め言葉に、変な声が出た。

「フッ……いや、1年の椎名芙由が王子を落としたって噂だけど」
「嘘でしょ! そこまで話が膨らんでるんですか」

首の可動域限界まで見上げると、一糸先生はブハッと煙玉を吐き出し、顔を背ける。

「……何がおかしいんですか」
「色々と。でもまあ、ありえないよな。つい最近まで元彼のことでビービー泣いてたのに」

認めたくはなかったが、そうですね、と答えるしかない。
この人の前では、既に2度泣いている。私にとってそれは失態で、でも、だからこそ『ありえない』と理解してくれる存在になった。

「ふぅは意外と一途だもんな」