滞りなく催された文化祭が終わると、程なくして2度目の衣替え期間に突入した。通学路の街路樹はごくごく一部だけ色づき始めているが、日中の日差しはまだ強い。

壁に掛けておいた夏服と冬服を交互に睨むこと数分。スマホのメッセージ画面を開き、カンナへ相談を入れる。

文化祭準備へ再び顔を出すようになってからは、1日1日が早く感じた。
夏休みが明けると同時にバイトが終わり、文化祭の片付けとともにイベントムードも一掃され、今の高校生活はいい意味で平凡。

ベッドに腰掛けてカンナの返事を待っていると、先に鳴ったのは玄関のインターホンだった。いつもならスルーするが、今日ばかりは足早に階段を降りる。

「カンナおは――」
「残念。おはよう芙由」

ドアを開けながらの挨拶は、キラキラと輝くクリーム色の頭に遮られた。

「え? なんで成弥くん?」
「とりあえず着替えてこいよ、遅刻するぞ」
「え、あっ、ちょっと待ってて」

慌てて部屋へ戻りスマホを確認するが、カンナからの返事はない。どうしよう。

季節感が正反対の制服達を一瞥し、再び階段を駆け下りる。

「成弥くんって冬服……だよね」
「一応な。服装に悩んでんなら、俺と一緒でいいから早くしろ」

玄関に佇んでいた成弥くんは、両手を軽く広げてみせた。
ベースは冬服。藍色のネクタイに、シャツの上にはグレーの前開きカーディガンのみ。ブレザーはなし。

「ありがと。すぐに着替えてくる」

簡単にお礼を言い、急いで支度を再開する。
冬用の制服にベーシュのカーディガンを羽織り、全身鏡の前でネクタイを調整。カンナは年中リボン派だが、私はこの濃い朱色のネクタイが好き。



「で、カンナはどうしたの?」

成弥くんと並んで歩き出すと、私は軽く袖を捲りながら、さっそく本題を切り出した。

「カンナは熱出して寝込んでる。バカでも風邪ひくらしいから、芙由も気をつけろよ」
「ご心配どーも」
「あ、このノート、今日提出だからって遺言」
「提出物で稼がないとカンナは成績ヤバいからね。私と違って!」

遠回しに反論しつつ、ノートを受け取る。こちらを見下ろしていた成弥くんの視線は、小馬鹿にしたような笑みを残して進行方向へ戻った。

2人だけで話すのは久しぶりだが、流れる空気は昔から変わらない。
通行人を避けて瞬間的に肩を抱かれようと、私にとっては、王子様になりえない。

「そういえば、ミスターコン残念だったね。3連覇したかったんでしょ?」

何気なく口にした文化祭の話題に、成弥くんの足がピタリと止まった。

「あれさ、ありえなくね?」
「ある意味伝説だよ。てか歩いて、本当に遅刻するよ」
「……そっか。まあ、伝説ならいいや」

数回頷いた成弥くんが、顔の中央に凝縮されていた不満を解く。

「伝説かぁ。でも、中止より3連覇の方がカッコイイよな」

――――し、しつこい。

今年の文化祭でミスター・ミスコンテストが開催されなかったのは、2年連続で圧倒的な得票数を集めた誰かさんのせいだ。それでも成弥くんは惜しいと嘆く。
『キング』やら『3連覇』やらの称号に、一体どんな価値があるというのか。

「あのさ、ミスコンが隔年に変更されたのは、開催しなくても結果が分かり切ってたからでしょ」
「じゃあ事実上は俺が3連覇?」
「だね。おめでとう」