「楓がバスケ頑張ってるの、ずっと見てきた……。9年、見てきたんだよ」

気づけば堪えていたはずの涙は溢れ出していて、声の震えを抑えるには、ボリュームを上げるしかなかった。

「私が好きになったのは、バスケ馬鹿の楓だもん! 私がっ……私が楓の障害になるのだけは、イヤだった」

顔を上げると、目の前にあった色素の薄い瞳からも涙が零れた。

ほらね、やっぱりカンナは泣く。
だから嫌だったんだ。だから、隠しておきたかったのに。

「……ごめん、内緒にしてて。カンナに相談したら、私の決心が揺らぐ気がしてた。だって、カンナは私のことを一番に考えてくれるでしょ?」

唇をきゅっと結んだままのカンナに、しっかりと微笑む。

「別れたのは、楓への気持ちの証明だと思ってる。つらくても、大切な思い出なんだよ」

先生達の言葉を無視できなかったのは、いつも心のどこかで、楓に釣り合っているか不安があったからだ。ただ私は、先生達からどう見えていようと、楓の努力が報われるように誰よりも願ってた。

「アホだね芙由は。その話聞いてたら、別れるのは間違ってるって言うよ? でもさ……本当に好きだからなんだって、ウチはわかるよ」

怒っているような口調だったカンナが笑う。その笑顔が妙に心地よくて、でも顔を見合わせて笑い返すのは照れくさくて、髪を耳に掛ける仕草で誤魔化した。

文化祭準備に追われている生徒達の声に紛れて、2人して鼻をすする。

熱っぽい風が横切り、濡れた頬を乾かしていく。


――もし私が品行方正な優等生だったら、と後悔せずに済んだのは、いまの私の側にはカンナがいるからだ。お互いの髪を染めて、ピアスを開けて、授業をサボって怒られて。カンナと過ごしてきた時間は、もしも話でも失いたくなかった。

「……よしっ! ちょっと自販機行ってくる! 芙由と春先生は何がいい?」

飛び跳ねる勢いで立ち上がったカンナにハッとして、フェンスの方へ視線を振る。

「ブラックコーヒーをお願いします」
「がってん! アイスだよね。芙由は?」
「えっ、あ、カフェオレ?」

リクエストが出揃うと、カンナは一瞬にして階段の下へと消えていった。限界まで開け放たれて止まったままのドアにも気づいていない。

本来のカンナが戻ってきたのは嬉しい。だが、参った。一糸先生の存在を完全に忘れていた。

突然訪れた気まずさを紛らわすために、折り畳んでいた足を伸ばす。ゆっくりと立ち上がり、屈伸してみる。さして関心はないけど、フェンスに歩み寄り、遠目にグラウンドを眺めてみる。

「悪かった」

それは、雨の最初の一滴に似た謝罪だった。姿勢悪くフェンスにもたれながらも、一糸先生の瞳はしっかりとこちらを見ていた。

「なんの話ですか?」
「くだらないって言ったこと」

ふいと流れた一糸先生の視線が、記憶を遡っているかのように空を仰ぐ。

「前に、綺麗な涙ってなに?って訊いたけど、さっきお前を見てて分かったよ。あの絵はたぶん、綺麗な涙で正解」
「……なに言ってんですか」

唐突過ぎる話題を笑い飛ばそうとしても、端麗な横顔はピクリとも笑わない。

初対面のモッさんは、私の想いを『くだらない』と一蹴した。だから私は、一糸先生は信用に足らない、と判断し続けていた。

私にとっては全てを否定する一言。でもこの人にとっては、記憶にも残らないほどの些細な一言。――勝手にそう思い込んでいた。