コンクリートの上で正座する私に合わせて、カンナも姿勢を正す。

「あのね、楓とのこと。高校が離れると会う時間も減るし、付き合い続ける自信がないって楓にも伝えた。でも……事実じゃない」

話すと決意した瞬間、折り合いをつけたはずの想いが背後に立った気がした。ドクン、ドクンと鼓動の波に乗って、緊張が全身に広がっていく。

「3年の3学期が始まってすぐのころ、一緒に帰るのも後少しだねって話の流れで、遠回りして帰った日があったんだよね」

車も人通りも数える程度しかない、静かな河川敷。川べりへとなだらかに下る石段に2人で座って、くだらない話をして。あの時の空は、オレンジというより、紫に近い色だった。

「そろそろ帰ろうかって雰囲気になったとき、ロードワーク中の学生達が側を通ったの」

口が重い。話そうとすればするほど、今でも鮮明なままの記憶にリアルさが増す。

「……一緒に走ってたおじさんが、何してんだ?って声かけてきてさ。その時の楓は、いきなり立ち上がったり、誤魔化したり、明らかに態度がおかしかった」

会話が一段落したあとに、楓が苦笑いで教えてくれた。あの学生達は、楓が推薦を受ける高校のバスケ部だったと。あのおじさんが、楓を推して、たまに練習にも呼んでくれていた現コーチなんだ、と。

「カンナも知ってるよね、楓の進学先」
「うん。バスケ部は全国レベルなんでしょ」

私が何度も小刻みに頷くと、カンナの顔が不安そうに陰った。

今更どうしようもないのに、心臓が早くなっていくのがわかる。

私は一度大きく息を吐き、膝の上に置いていた手を握り締めた。

「楓は気にしなくていいって言ってたけど、実際はそんな事なかった。先に三者面談が終わってた私と違って、楓は母親の前で、私と別れるべきだって忠告されたみたい」

話を聞くカンナは、顔を上げては俯いて、その度に唇を結んで目を細める。

「私、マジメちゃんって感じじゃなかったしね。付き合っててもマイナスにしかならない、って言われたんだって。……洸太が内緒で教えてくれたくらいだから、楓は相当悩んでたんじゃないかな」

洸太はわざわざ私を自宅の焼き鳥屋に呼びつけた。それも放課後、一度家に帰ってから。それほどに深刻で、切羽詰まった状況だったのだろう。

「どうするべきかわかんなくてさ……先生に相談したんだ。カンナ覚えてるかな、国語担当してた若い女の先生」
「ああ。話しかけやすいし、みんなから人気あったよね」

歳が近くて、友達感覚で話せる唯一の先生。生理痛が辛くて図書室でサボっていたら、ジンジャーティを作ってくれるような人だった。

「あの人さ、私達が付き合う前からなんか察してたみたいで。2人で帰ってるときに駆け寄って来て、よかったねって言ってくれたの」

すごく嬉しかった。そう言葉にする代わりに、小さく微笑む。

カンナも同じ表情に変わったことで、続きを話すのが少しだけ躊躇われた。

「でもね、相談したら、優先すべきは将来の事だってキッパリと言われた。私はさ、この人ならきっと応援してくれるって思ってたんだ。……でも、違った」

途端に込み上げてきた涙を隠すために、顔を伏せ、ゆっくりと深呼吸しながら気持ちを整える。

「そのあと、担任とか生徒指導の先生にも呼び出された」

――萩原の将来を潰したくないだろ。一時の感情に流されるな。

『萩原のこと、どう思ってるんだ』
『好きです』
『じゃあバスケをやってる萩原は?』
『応援してます』

――それなら、答えは分かってるだろう。