晴士さんの冗談めいた物言いに、顔も心も自然と綻ぶ。
初めて会った時は、このノリの軽さが晴士さんの価値を下げていると思った。でも今は、彼の髪すら“陽だまり色”に見えるから不思議だ。

手を振る晴士さんに一礼すると、帰り支度を済ませて公園へと走る。待つことは何とも思わないが、待たせるのは好きじゃない。

――――あ。

夜道に煌々と光る自販機を通り過ぎて、一度足を止めた。理由は言わずもがな、一糸先生が『たまには返せ』と脳内で訴えてくるせいだ。



「おつかれ」
「あっ、はい、おつかれさまです」

公園のピクニックベンチへ近づくと、息を整えつつ一糸先生と挨拶を交わす。私が座るであろう手前の席には、既にカフェオレが準備されていた。
見る限り、用意されているのは私の分だけ――。

ベンチへ腰を下ろした私は、バッグからブラックコーヒーだけを取り、ずいと差し出した。

「珍しいじゃん、素直でいいね」
「……話があるんですよね? 文化祭の準備に来いって、お説教ですか」

茶化すような言動には構わず、臨戦態勢で挑む。コーヒーを買いはしたが、決して仲良くしたいわけではない、という意思表示を込めて。

「榎本とは喧嘩したままか?」

この話題も想定内だ。あまり話したくはないが、相談してしまっている以上、そういう訳にもいかないだろう。

「あの日以降、連絡すら取ってません。お互いに会いたくないんですよ」

言いながら、自分の弱さを実感する。
私が悪いと結論に至っても、自ら行動に移せない。おかげで更に追い詰められる。

身動きがとれない不甲斐なさを悟られたくなくて、私は何食わぬ顔で目の前のカフェオレに手を伸ばした。

「まあいいや。準備に参加してないなら昼間は暇だろ、明日ちょっと手伝って」
「は?」
「一糸先生の手伝いをしてくれたら、お咎めナシ。どう?」

そもそも夏休み中の準備は任意参加となっている。でも、正式に不参加が許可されるのなら、悪い話じゃない。

「……じゃあ、それで」
「アトリエの場所分かる?」
「大丈夫です。ほとんど一本道でしたから」
「んじゃ明日9時に。コーヒーありがと」

それだけ言うと、一糸先生はタバコを吸う間もなく、缶コーヒーを手に公園から去って行った。



翌日、私は通常通りの時間に起きて身支度を始めた。とはいっても、文化祭の準備に行っていないだけで、起きる時間は大して変わらないけど。

問題は、服装をどうするか。

メイクとヘアセットを終えると、壁に掛けてある制服を見つめる。無難ではあるけど、“手伝い”にはたぶん向かない。

散々迷った挙げ句、動きやすさを重視したラフなパンツスタイルで家を出る。道中で2台の自販機を横切ったが、昨日の今日なので、差し入れはなし。

アトリエへ着くと、不用心にも開けっ放しな玄関を横目に、とりあえず呼び鈴を押した。

『はい』
「おはようございます、椎名です」
『うん見えてる。入って来るついでに、車のトランクにあるダンボールを持てるだけ持って来て。鍵は開いてるから』
「わかりました」