馴染みの焼き鳥屋さんでのバイトが始まってすぐに、スニーカーを新調した。基本は17時から21時までの4時間、賑わう店内で右往左往するのが私の役目だ。
8月も半ばに差しかかった今では、スポーティーな靴が似合うくらいには動けるようになった……つもり。
店主の軽快な『いらっしゃい!』が聞こえると、テーブルの片付けを中断して入り口へ駆ける。
「あれ、芙由ちゃんだよね? 久しぶりだね!」
重い引き戸を最小限に開けて入って来たのは、晴士さん。と、一糸先生だった。
「いらっしゃいませ。テーブル席がよろしいですか?」
「カウンターでいいよー」
そうですか、と2名のお客様をカウンター席へ通し、そそくさと距離を取る。
晴士さんには連絡をしていない後ろめたさが、一糸先生には文化祭の準備に参加していない負い目がある。避けられるものなら、できる限り避けていたい。
運良く、今日は平日にもかかわらず、入れ替わり立ち替わりでお客さんが入っていた。カウンター越しの焼き場には店主がいるので、私が接客することはほぼない。
ようやく客足が落ち着いたタイミングで、店内の時計を見る。
――――あと10分。
「すみません」
賑やかな店内を分け入って背後から聞こえた声に、テーブルを拭く手が止まった。
店主も、もう一人のバイトのお姉さんも、いまはレジ横で常連客を見送っている。
「はい、ご注文ですか」
平常心。この人はただのお客さん。そう言い聞かせながら、いち店員として一糸先生の隣に立った。
「お前さ、文化祭の準備に2週間以上も顔出さないってどういうこと?」
カウンターに片肘を付いた一糸先生が、首を傾げるようにこちらを見る。
「部活組も講習組も、休みの日は来てるぞ」
「ああ! 文化祭の準備、夏休み中からやってたよねー。懐かしいなぁ」
このひりつく空気を晴士さんは感じないのか。
「文化祭って俺も行けるよね?」
「晴士うるさい」
「……私忙しいので、注文がないなら失礼します」
「待て。バイト何時まで?」
これは、私が負い目を感じているせいかもしれない。だが明らかに、今日の一糸先生には妙な威圧感があった。
「21時であがりです」
「あと5分くらいか。じゃあ、バイト終わったら例の公園で。すぐ済むから」
「え、逢い引き? 俺も行っていい?」
「だめ」
冷めた口ぶりで席を立った一糸先生が、そのまま店の外へと出ていく。
飲みかけのビールも、欠けたねぎまも置きっぱなし。唯一消えていたのは、灰皿横にあったタバコだけだった。
「今日ね、珍しくイットから誘われたんだ」
「えっ?」
「相談でもあるのかと思ったけど、体よく使われたみたいだね」
晴士さんはビールジョッキに手を掛けながら、なぜか嬉しそうに微笑む。
「……晴士さんは、そんな一糸先生をどう思いますか?」
「イットらしいと思うよ。らしく居てくれることが一番だよ、ほんと」
ん? さらりと返すわりに、どこか尾を引く言い方が気になった。
もう少し2人の話を聞いてみたい。そう思ったものの、私が切り出す前に、店主の声かけで定時を迎えてしまった。
「もしイットに苛められたら電話して。すぐに駆けつけるからね!」
「そのときはお願いします」