別れる以外、私にできることはなかった。そう打ち明けたらどんな反応が返ってくるか、簡単に想像できる。

本当のことは言えない。言いたくない。

「……私が自分の都合で動くのって、そんなに変かな?」

何も面白くないけど、全ての感情を打ち消して笑顔を作る。

たった2つだ。どんなに思いを巡らせたところで、当時も今も、私が守りたいのは楓とカンナだけ。

「そういうことじゃない。……せめて、相談して欲しかったって話だよッ!」

荒々しく言い放たれたカンナの胸中は、最も聞きたくなかった言葉――私の弱さを突く言葉だった。

楓の中にはまだ私がいる。その事実が、嬉しい。苦しい。イタイ。
カンナに見透かされていたことが、恥ずかしい。嬉しい。申し訳ない。

――これ以上は、もう抱えきれない。

「……なんで全部話さなきゃいけないの」
「え?」
「カンナには関係ないでしょ」

頭も心臓もやけに冷静で、ロッカーからバッグを取る余裕すらあった。

「芙由ッ!?」

カンナの声、周囲のどよめき、全てを突っぱねて教室を出る。

一応は夏休みだが、文化祭の準備に部活に、校内はどこも人が溢れている。ひとりになれる場所は、私が知っている限り一か所しかない。

相変わらず鈍く唸るドアを押し開けると、一面を覆う鮮やかな青空に目を細め、その熱気の中へと踏み入る。

「どうした?」

突然聞こえた声にビクッと肩がすくみ、反射的に顔を左へ振った。

「……なにがですか」

ドア沿いの壁にもたれていた一糸先生が、気怠そうに空を仰ぎ、煙を吐く。
この人が最悪なタイミンで登場するのは、これが初めてじゃない。だが生憎と、今はお上品に振る舞う気力もない。

「何がって、泣いてんじゃん」
「泣いてません!」

きっぱりと否定してから、先生と距離を取るべく、フェンスへ向かって歩き出す。

程なくして、ギィッ、と情けない音が背後で鳴った。その余韻が消えるまで待ち、目元を拭う。

……カンナは、どう思っただろうか。怒っているだけならまだいい。でも、もし心配させていたら。

自分が不甲斐なさ過ぎて、フェンスを握る手に力がこもる。


7月らしい熱を孕んだ風。嫌でも聞こえてくる、生徒達の楽しげな声。その一つ一つを肌で感じながら、込み上げてくる悔しさを鎮めるために、目を閉じる。

――直後、背後でまたドアが唸った。

先生は既に出て行ったので、これは誰かが来た音だ。それがカンナかもしれないと思うと、振り返るのが怖い。

身動きとれずにいると、掴んでいたフェンスが軋み、人の気配が左に並ぶ。
諦め半分で隣を盗み見て、唖然とした。

「何でいるんですか?」
「お前には弱み握られてるようなもんだし、優しくしとかないとな」

フェンスに背を預けて佇む一糸先生が、視線だけをチラリと向ける。

「落ち着いたか?」