「カンナ、カタログ貰ってきたよ」
「芙由パシってごめん! マジで助かる!」
「衣装の生地、発注ミスだけは気をつけろって」

終業式を終え、待望の夏休みがスタートしてから30分と少し。
自席で数枚のプリントと睨み合っていたカンナは、大げさに顔をしかめながら、月刊誌ほどの分厚いカタログを受け取った。

「午後から文化祭の打ち合わせだよね? 待ってようか?」

私が尋ねると、カンナは顔を伏せて力なく手を振った。

「何時に終わるかわかんねーのさ。それより明日からの準備、ちょっとでいいから手伝って?」

眉尻を下げ、大きな瞳がこちらを見上げてくる。私の返事は分かりきっているのに、わざわざその答えを引き出そうとする顔だ。

「はいはい、じゃあ明日ね」
「やったーッ! 朝迎えに行く!」

満面の笑みに見送られながら、文化祭委員であるカンナを残して教室を出る。

高校初日に委員決めのクジをしたとき、イベント実行委員は期間限定の役回りで魅力的だった。私の結果は“白紙”だったわけだが、今のカンナを見ていると、ならなくて良かったとつくづく思う。

9月中旬に行われる我が校の文化祭は、漫画さながらの最大級イベントと言っても過言じゃない。各所に割り当てられた経費が多い分、催しの自由度が高く、週末3日間を通して大勢のお客さんが訪れる。

――おかげで、というか受験生への配慮もあり、準備は任意参加で夏休みから始まる。らしい。

まあ、なんだかんだ準備の方が楽しかったりするし、できる限りの手伝いはしたい。と……思っている……けど。

翌朝、いつも通りの時間に来たカンナに起こされ、少しだけ殺意を覚えた。


「ねえカンナ、今日って何するの?」

学校までの道すがら、まずは本日の予定を確認する。

「芙由は衣装担当だよ。ウチと一緒!」
「ん? 生地の発注もまだだよね?」
「だから生地決めから手伝って貰いたいの! あとね、パターン?ってのが用意されてるから、実際の生地が届くまでの間に色々と練習するってさ」

カンナの話を要約するに、私は最初から最後まで手伝う、ということらしい。

「段取りとかは昨日決めといたから、カンペキ!」

親指を立てて、カンナがニカッと笑う。これだけで、まあいいか、と思えてしまうから不思議だ。


教室へ入ると、真っ先に目についたのは、黒板に書かれた役割分担表だった。

私達のクラスは協議と抽選の結果、和風カフェを行うことになった。
飲食系は当日が大変だとウワサで聞いたが、衣装に装飾にメニュー考案にと、準備段階でも結構な人手が必要らしい。役割り表を見た限りでは、の話だが。

快適な空調のおかげで火照りが引いていくのを感じつつ、教室内を見回す。半数ほど集まっているクラスメイトの中には、裏ボス達の姿もあった。

あの3人組が手伝いに参加するなんて意外……でもないか。陽平や要と会える機会を逃すはずがない。

だが、裏ボス達の思惑は外れたようで、残念ながら彼らの姿は見当たらなかった。

「ねえカンナ、陽平と要は部活?」
「うん! 昨日、ゴメンねってメッセージ貰ったよ。時間が空いたら顔出すって」
「そっか」

各々のロッカーにバッグを突っ込むと、教室の後方に集まっていた衣装班へ加わる。裏ボス達はメニュー班のようだが、これはカンナの配慮だろうか。

「ねぇねぇ、芙由ちゃんは誰かと回るの?」