鼻で笑い飛ばせるほどのくだらない戯れ言。そう思っていたのに、『一生』が覆されるまであまり時間はかからなかった。


――晴士と椎名芙由が顔を合わせてしまったのは、奇しくも正体がバレた日。



「ちょっと! 送るとしても遅すぎじゃない? 梱包まで全部一人で終わったんだけど」
「ああ、悪い」

椎名芙由を途中まで送った後、焼き鳥屋で一息ついてアトリエへと戻ると、晴士は休憩室で既にビール缶を2本空けていた。

「まさか本当に送りオオカミ」
「違う。つかお前、なんであんな来るの早かったの?」
「だからさぁ、間に合いそうだよ、って電話入れたんですけどー。出なかったのはそっちじゃん!」

手土産として包んで貰った焼き鳥をキッチンに置き、ソファへ腰掛けるよりも先にタバコへ火を点ける。

「……あの赤ずきんちゃんが例の子でしょ」

確かにアイツの頭は赤いが、童話の主人公みたいな初々しさはない。ついでに、狼に襲われてもいない。

「ガードが硬そうだね。元彼でも引きずってるパターンかな」
「お前のそれ、わざとだろ」

笑いながら腰を上げた晴士は、冷蔵庫から2本の缶ビールを持って戻って来た。電話の件とイタズラと、これで手打ちってことで、乾杯してからビールを開ける。

「にしても、イットがあんな庇い方するとはね」
「人のことからかって、さぞ楽しかっただろうな」
「イットがあからさまに嫌そうな顔するから、ついね」

何がつい、だ。

「まぁあれはやりすぎだったかな、ごめんね。――てことで、次はイットの番」
「は? 電話に気づかなかったから謝れって?」
「違うでしょ! 服に匂いが染み付いてるよ!」
「ああ。シンクのとこに土産置いてる」

晴士は不満げに鼻を鳴らすと、手近にあった紙とペンを取り、スマホを弄りだした。

「これ、芙由ちゃんに渡しといて」

一度折り畳まれた紙を、また開く。そこに書かれていたのは、晴士の連絡先だった。

「なんで」
「口実は何でもいいよ。俺が仲良くなれたら、芙由ちゃんが秘めてるものを引き出せるかもよ? イットよりも適任だと思わない?」

晴士の意見は、たぶん正しい。

少し距離が縮まったと思っても態度は変わらないし、椎名芙由には絶対的なラインがあるようだった。アイツの扱い方が分かるなら、頭を悩ます必要もなくなる。

「余計なちょっかい出さないって保証は?」
「俺がイットの敵に回ったことある?」

悪い話……では、ないか。

「渡すだけ、だからな」