改めて振り返ってみても、やはり辻褄が合わない。晴士も何かしら違和感を覚えたのか、大事そうに両手で握っていた缶ビールを手放し、頬杖へ切り替えた。

「単なる不良少女ではないんだよね?」
「たぶん椎名は吸ってない」

数秒の沈黙ののち、晴士がいつぶりかのため息を吐く。

付き合いが長いと、その分だけ共通する記憶も多い。
きっと晴士は、高校時代の一片を顧みているのだろう。とはいえ自分達が高校1年のときに遭遇したのは、もっとシンプルな不良の違反行為だったが。

「……椎名ちゃんねぇ」

ぽつりと呟いた晴士を一瞥してから、テーブルの端に置いていたタバコへ手を伸ばす。一口目を吐き出した瞬間に目が合ったが、晴士は小さく微笑んだだけだった。

「俺が感じた矛盾は一つなんだけど、答え合わせする?」
「事前告知、だろ」
「さっすがぁ!」

生徒から密告があった場合、荷物検査の事前説明はまずない。今回も、トイレでタバコの匂いがする、と報告が入ったことは椎名には伝えていない。
だがアイツは、荷物検査という言葉を聞いただけで、『自分が持ってる』と言い出した。

「でもさ、それだけじゃ吸ってた可能性を否定できないよね。罪悪感があったから、荷物検査とタバコが直結しただけかもよ?」

確かに、深夜のロビーで対面するまでは、可能性はまだゼロじゃなかった。

晴士への説明では端折ったが、矛盾点は他にもある。

タバコを所持している背景は主に2つ。自分で持ち込んだか、もしくは、先生のタバコを拾ったか盗ったか。

椎名は最初、『私のです』としか言わなかった。だが『沢村先生に返しておく』とカマをかけたら、納得していた。つまりは、『私のです』という言葉は、“誰の私物か”を指しているわけじゃない。

「先生のタバコが行方不明なのは椎名も知ってた。いくらでも嘘がつける状況で、でも、『自分のだ』って言い張ったんだよ。そんなんさ、全て解った上で『誰かを庇ってます』って言ってるようなもんだろ」

納得したと言わんばかりに晴士が頷いたので、残りの言い分はビールで流し込む。

アイツはタバコの香りに興味を示さない。
――何年もの間、上手く隠せているつもりのお前と違って。

「何で正直に話さないのかな?」
「わからん」

晴士に関しては口を出せる立場じゃないのでいい。いま考えるべきは、椎名芙由についてだ。
残り短かったタバコを灰皿へ押し付けると、キャンバスの前へと移る。

「話さない理由に心当たりは?」
「なくはない」

まずは黒。

「その子は誰かを庇ってるんだよね」
「相手は察しがつくけど、そいつもタバコ吸うとは思えない」

そして青。

「下手したら停学でしょ。今どき喫煙で箔が付くわけでもないだろうに、やってない罪を被るかなー?」
「そこなんだよ、問題は」

最後も黒。……いや、白? 塗り直しを想定するなら、白がラクか。

「理由がわかんねぇから面倒くさい」

キャンバス全体に色を伸ばし終えると、晴士の向かい側へと戻る。

「イットが関心を示す子、ね。お気にちゃんだね!」
「違うだろ」
「確かその子、綺麗系って話だったよね。会いたいなー」
「一生会うことはないだろうな」