入学式が終わり、息つく間もなく催された宿泊研修の最終日。生徒達が全員帰路に着くと同時に、教師陣の顔が一斉に緩んだ。

「春先生も慰労会行きますよね」
「すみません、週末は予定が入ってまして。朝が早いので今回は遠慮しておきます」

適当な言い訳を並べ、今日最後の作り笑いを桜井先生へ返す。
サービス残業なんて冗談じゃない。

荷物を車へ放り込むと、まずは一服。肺の奥深くまで浸透していくスモークを2度堪能してから、エンジンをかけて走り出す。

ガキ共と過ごす2泊3日は地獄も同然だったが、個人的な収穫はあった。

椎名芙由はおそらく、例の女の子と同一人物だ。こちらを一切信用していない態度からして、ほぼ間違いない。

その一方で、椎名芙由はこちらに気づいていない可能性が高い。警戒しているわりには焼き鳥屋の話題は出ないので、表面上、普通に接していれば今後もバレないだろう。

ただ、今回の宿泊研修では新たな問題も発生した。

早くも精神的問題児っぷりを発揮しはじめた、椎名芙由。
本人が詳しく話したがらない以上、いくら追求しても無意味なのは分かっている。それでも、なかった事にはできない。

――――気に食わねぇ。

消化不良な感情を持て余したままアトリエへ着くと、駐車スペースの一角に見覚えのある車が停まっていた。

「いつから待ってた?」
「さっきだよ。今日帰るって言ってたから、土産話を聞きに来た」

近づいてきた晴士が、両手に持った半透明のビニール袋を掲げる。ずっしりと中身が詰まっているそれは、たぶん、ビールとつまみだろう。


「で? 女子高生とあまーい体験はしましたか?」

部屋へ入りお互いがソファの定位置に沈むと、さっそく晴士からの詮索が始まった。

「例の生徒、やっぱ同一人物っぽい」
「うわっまじで!? まぁ、とりあえず乾杯」

ビール缶を突き出す晴士に、同じ仕草を返す。
喉の奥へと一気に流し込んだそれは、冷え具合がやや物足りなかった。それでも、思わず笑みが零れるほどに美味い。

晴士が『さっき来た』と言えるような奴だからこそ、今があるのだろう。

「悪い晴士、ちょっと場所移動する」
「えっ、いきなりどしたの?」
「しばらく筆握ってないから、描きながら話そう」

作業部屋へ移ると、まずは隅に寄せていたテーブルと椅子を持ち出し、簡易的な宴席を作る。

「で、もしかしてイットの本性がバレたの?」
「いやバレてない。でも、ちょっと厄介」

幾度となく同じ状況を経験してきた晴士を相手に、今更指示なんて必要ない。会話を続けながらも、テーブルセッティングは滞りなく進んでゆく。

「厄介ってさ、“一糸先生にとって”ってこと?」
「そう。ある先生のタバコが紛失したんだけど、例の子が持ってたんだよ」

呑みの席が完成したら、次は作業スペースだ。

テーブルから少し離れた場所にイーゼルを設置すると、隣に丸椅子を2つ並べ、その上にパレットと溶き油を置く。これで準備完了。

一息つくためにテーブル側の椅子へ腰を下ろし、もう一度晴士と缶ビールをかち合わせる。

「それで? 失くなったタバコ、その女の子が()ったってこと?」
「簡潔に説明すると、先生のタバコが失くなった。ある生徒達が、トイレでタバコの匂いがするって報告してきた。荷物検査をする直前で例の子が、自分が持ってると言い出した。って感じ」