「そもそも好きじゃなかったですし、本性を知ったところで変わりません」
「え、好きじゃないの? じゃあ何でイットの服でここに居るの?」
「成り行きです」

身を乗り出すような距離感の詰め方に()されて、少しばかり肩を引く。

「ホントのこと話していいよ? 口の堅さは保証するから。あ、俺は晴士ね。晴士くんって呼んで」
「……本当もなにも、ただの先生と生徒です」

ぐいぐいと迫ってくる晴士さんに対し、組み立て中のダンボールを持ったまま更に後ずさる。

「じゃあさ、俺が彼氏に立候補しても問題ないよね? 名前は?」
「……椎名芙由です」
「芙由ちゃんみたいな綺麗系好みだし、俺は年齢差も気にしないよ?」

距離を取るために私が立ち上がると、晴士さんも立ち上がり、目線を合わせる。
私が一歩退けば、晴士さんが一歩踏み出す。

「誰かさんみたく捻くれてもないしさ。どう? イットより優良物件でしょ」
「えっと――――ッ!」

私の二歩目。それには想定外な力が加わり、勢いでよろけそうになった。

「晴士、こいつは許可できない」

晴士さんの姿が消えた白一色の視界で、知った声がキッパリと拒絶を告げる。状況が掴めず一瞬混乱したが、眼の前にあったのは白いシャツ、というか一糸先生の背中だった。

「なんでイットが出てくんの?」
「こいつの担任だから」
「俺には生徒とか関係ないじゃん」
「だめ」

相変わらず温度差のある会話は、キャッチボールというよりバッティング練習だ。へらりと挑発的に尋ねる声を、低音ボイスが淡々と打ち返す。
話題の中心は私のままだが、代打として前に立ってくれた先生が少し頼もしい。

「イットの彼女じゃないなら、俺が口説いても問題ないでしょ」
「そういう話じゃねぇだろ。そもそもガキだぞ?」
「可愛いじゃん! ていうか本人の意思を尊重しなきゃ。イットは邪魔だから、はい、どいてー」

半ば強引に一糸先生の身体が横へ除けられ、回避する間もなく、奇妙なトライアングルが完成してしまった。

苛立ちがチラつく冷徹な瞳の一糸先生と、面白いおもちゃを見つけたかのように瞳を輝かせている晴士さん。……このタイミングで私に全てを委ねるなんて、解せない。

「…………」
「ふぅ」
「あっ、ごめんなさい」

無難な回答を探していたのに、一糸先生の一声で反射的に頭を下げていた。

溜めに溜めた挙げ句、なんという語彙力のなさ。それもこれも、こんな場面で先生があだ名の件を持ち出してきたせいだ。一糸先生は卑怯だ。

「あははッ! 冗談だよ。ちょっと、からかいたくなっただけ。ゴメンね!」

顔を上げると、晴士さんが鼻先で手のひらを合わせる。

「晴士、お前のせいで時間ロスした。こいつ送って来るから」
「はーい! 芙由ちゃん、送り狼に気をつけて。またね」

――――送り狼?

聞き慣れない言葉は心で唱えるだけに留め、尋ねるのはやめた。現在進行系で不機嫌そうな一糸先生は、“さわるな危険”だ。



焼き鳥屋『オオカワ』までは徒歩も車も大差ない、ということで、帰りは街灯が灯る路地を2人並んで歩く。

雨は既に上がっていたが、進行方向から流れてくる夜風は少しばかり肌寒かった。