先生はそこまで言うと、終わりを知らせるかのように、自分のマグカップを手に取った。

分かっている、次は私が真相を語る番なのだろう。

私は裏ボス達の企みを許してはいない。でも、責めるつもりもない。間違った方向に動いてしまっているが、彼女達の根源にあるのはきっと、陽平達に対する純粋な好意だ。

包み隠さず打ち明けたとして、先生は、彼女達のその気持ちまで一緒くたに否定しないだろうか?

――いや、答えは考えるまでもない。

「嘘をついたのは謝ります、すみませんでした。でも、私から話せる事はなにもありません」

私が楓とのことで泣いてしまったときに、モッさんは『くだらない』と一蹴した。どうせ彼女達の悪事も、『しょうもない理由で』と片付けられるに決まっている。

この人に、何かを期待するだけ無駄。

裏ボス達が咎められれば清々するだろうけど、もしやり返すとしても、他人の力に頼る気はない。

「今回のことを(おおやけ)にしないでくれたのは本当に感謝してます。ありがとうございました」

私が頭を下げると、視界の隅でタバコが灰皿へと押し付けられた。

先生にも何か思うところがあるのだろう。私が姿勢を戻しても、先生は煙が立たなくなった吸い殻を弄り続け、自分の手元から視線を外そうとしない。

「ふぅ――」

先生がようやく顔を上げた瞬間――突然、唯一のドアが勢いよく開き、ストッパーとぶつかった衝撃で大きな音を立てた。

「カギ開いてたから勝手にきたよーっ! てか電話出てよ!」

いきなりの訪問客に茫然としながらも、先生の顔色をうかがう。目が据わっている表情から察するに、どうやら彼は、先生にとっても想定外なお客様らしい。

テンション高々に入って来たのは、紺色のスーツに身を包み、ウルフヘアをいちょう色に染めた若い男性だった。先生の凛々しさとは対照的な、その陽気さが残念に思えるほどの華やかさを纏っているひと。

ていうか、この人――――だれ?

「お前、遅れるんじゃなかったの」
「えーっと。……え? 彼女?」

いきなり現れた男性はピタリと足を止め、先生と私を交互に見た。

「つかもっと静かに入ってこいよ。ドア壊れたら弁償だからな」
「ちょっとイット! 彼女出来たとか聞いてないんだけど?」

――――イット?

「出来ても報告しないし、こいつは生徒」
「生徒に手ぇ出すくらいなら合コンに参加してよ!」
「無理、忙しい」

くっきりとした二重瞼の上に細く整えられた眉。筋が通った小さな鼻、シャープな輪郭。先生と大差ないスタイルの良さ。――外見的には先生と同等だが、中身は180度違うらしい。

「え、ちょっと待って。生徒連れ込んで何してんの。“一糸春”はどこいったのさ?」
「こいつには本性バレてるから。今は個人面談中」
「……バレた? てか、個人面談って響きがヤラシイんだけど」

相関図すら理解できていない私を間に置いたまま、温度差のある応酬は途切れることなく続いていく。
一方は仁王立ちで果敢に攻め、もう一方はソファからふてぶてしく応戦し、もう訳がわからない。

「それより晴士、いま何時?」
「えっとねー……19時12分」