長いようで短かった春休みが終わり、入学式を経ての週明け、高校生活1日目。真新しい紺色の制服を着てリビングへ降りると、そこにはなぜか、ダイニングでトーストにかじりついているカンナが居た。
「カンナおはよ、早いね」
「んはよーっ」
飲みかけていたカフェオレのカップを手に取り、綺麗に染まっているオリーブ色のウェーブヘアを見下ろす。
カンナとは斜向いのご近所さんとして、先に支度が出来た方が迎えに行く、を丸9年繰り返してきた。階段下から元気な挨拶が聞こえてきても、自分の身支度を優先するくらいには“日常”になっている。
――でも、この光景は珍しい。
「カンナさ、なんで家でご飯食べてんの?」
時刻はまだ7時を過ぎたばかりだ。この時間に迎えに来るくらいなら、自分の家で済ませる余裕はあったはず。
「由美ちゃんが、イケメンの前でお腹鳴ったら恥ずかしいよーって」
「……それで? お母さんは?」
「洗濯物干してくるってさ」
「ふーん」
カンナの邪魔にならない程度に、ダイニングテーブルへ寄り掛かるように浅く腰掛ける。
……ど、どうしよう。意味がわからない。かといって、深く突っ込むのもメンドクサイ。
「芙由もう出れる?」
「準備は出来たけど……早くない?」
カンナは即答せず、ごくりと喉を上下させてから、カップスープをすすった。影を落とすほど長いまつげの下で、グレーの瞳がキラキラとこちらを見返す。
この不自然な間。もう既にイヤな予感しかしない。
「芙由ッ! イケメン探すよっ!」
「…………ん?」
「だーかーらー、学校に1番乗りしてイケメン探しすんの」
――――ああ、なるほど。
要するに、登校してくる生徒を観察するためにこの時間に来た、と。それをうちの母親に話して、『イケメンの前でお腹が鳴る』になって、今の状況ってことか。
「芙由もやるっしょ?」
「えっ、あ、うん。別にいいけど」
「……なんかノリ悪くない? もう萩原とは別れ――」
「ちょっとカンナッ!」
元気が過ぎるカンナの声を、さらに大きな声で遮る。勢いよく腰を上げて、周囲を見渡してからため息を吐いた。
「もしかして、別れたこと由美ちゃんに言ってないの?」
「言うわけないじゃん。そもそも、付き合ってたのも報告したワケじゃないし」
なんとなく言い淀んでしまい、残りわずかなカフェオレに口をつける。
「じゃあさ、芙由の勘の良さって由美ちゃんの遺伝だね」
「……そんなことより、早くイケメン探しに行こうよ」
「お! 急に乗り気じゃーん!」
カンナが軽やかに立ち上がると、胸元で紅いリボンが跳ねた。
同じ高校に合格して同じ制服を着ていても、全てが一緒というわけじゃない。カンナはリボンを選ぶけど、私はネクタイを選ぶ。カンナはその時の気分で髪色を変えるけど、私は赤系の色でしか染めない。
……楓のこともそうだ。カンナは平然と名前を出すけど、私はまだ、あまり話題にしたくない。
「カンナ、スープ飲んじゃって。さっさと片付けて行こう」
「あ、ありがとっ」
“イケメン探し”に大して興味がなくても、カンナの気を逸らせるなら、それでいい――。