カフェに入り浸って課題プリントが一段落したころ、お手洗いから戻って来たカンナが、人目もはばからず声を張った。

「全然気づかなかったね」

ダラダラと滞在しやすい店奥の席から見えるのは、次第に夜の色に染まっていくすりガラスだけ。BGMと周囲の喋り声で、雨音も聞こえない。

「芙由、傘持ってる?」
「持ってるように見える?」

質問返しを戯けた表情でかわしたカンナは、スマホを手にとった。

こんなときの選択肢としては主に2つしかない。濡れて帰るか、仕事帰りの親に拾って貰うかだ。

――――ああ、ヤバい。

「カンナ。私、学校戻るね」
「は? なんで!」
「机にスマホ入れっぱだ」

眉間にくっきりと縦ジワを作りながら、カンナが苦しそうに唸る。私の気持ちに寄り添おうとしてくれるこういうところ、好き。

「それは……キビシイ。ここで親待ってたら学校閉まるよね」
「うん、だから行くね。また明日」
「ガッテンショウチ! 気をつけてね」

体育祭の練習用に持ち歩いていたフェイスタオルを頭から被ると、来た道を猛ダッシュで引き返す。時間的にはいくらか余裕があっても、そもそも、タラタラ走っていられる雨脚ではない。

打ち付ける雨に若干の痛みを感じながら校門まで辿り着いた時、正面玄関を締めている人影が見えて、私は更にスピードを上げた。

「あれ、椎名さん。びしょ濡れでどうしたんですか? 風邪ひきますよ」

妙に癇に障る、穏やかで低い声。2人きりになることを1番避けたい相手なのに、なんの因果があるというのか。

「――スマホッ!」
「スマホ?」
「机にスマホ、入れっぱなしでっ」
「ああ。教室はさっき施錠したので、職員室に鍵を取りに行ってください」

一糸先生が淡々と言ってのけるので、返事の代わりに深呼吸を挟み、私はまたしても校舎の中を走り出した。

管理棟2階にある職員室を経由して4階の教室まで往復したので、それなりの時間がかかったと思う。にもかかわらず、肌寒さに肩をすくめながら靴箱へ戻ると、なぜか一糸先生がまだそこに居た。しかも、頭からタオルを被って。

「椎名さん、これ使ってください」

そう言って差し出されたのは、綺麗に折り畳まれた白いフェイスタオルだった。先生自身も、同じようなタオルで頭をワシャワシャと拭いている。

「あ、え? わざわざ?」
「車に乗せていたのを取って来ただけですよ」

この人は、やっぱり掴めない。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

お礼を絞り出してからタオルを開くと、ふわり、と爽やかな香りが鼻をかすめた。

――――あれ?

咄嗟に先生へ視線を移し、息を呑む。そこにいたのは、濡れたジャケットを脱ごうとしている一糸先生――ではなく、見覚えがある身なりの男性だった。

――――え? あ、あれ?

「椎名さん。ちゃんと拭かないと本当に風邪ひきますよ」

スラリと伸びた長い手足に、無造作にも程があるモサモサ頭。そして、この香り。

「モッさん!」
「え?」