例えば、リレーの走順を決めるために、何度もグラウンドを走らされたとしよう。でも体育祭ってのは、“速さ”だけを求められるわけじゃない。

6限目のリレー練習でヘトヘトになっていても、やるべきことはまだ残っている。

「芙由、着替え持ってきた?」
「いま着てるのとタオルだけ」
「だよねー。汗かいたTシャツのままとかサイアク」
「でも制服にペンキ付くのも嫌じゃん」

5分前倒しで6限目が終わると、カンナとトイレへ直行し、首元にまとわりつく髪を高い位置で結び直す。簡単な終礼を挟んで、次は巨大立て看板の制作だ。

私達はラクさを優先して立て看板班を希望したが、結果はハズレ。放課後の忙しさは大して変わらないとしても、ペンキの汚れやシンナー臭と戦わなくていい分、応援用衣装班がマシだったかもしれない。

今日最後の号令がかかると、クラスメイト達は各々の担当に合わせて動き始める。

既に身支度は済んでいるので、まずは帰りが遅くなる旨を母親へ連絡。スマホを机の中へ戻したら次は――。

「カンナ動ける? 私、道具取りに行くけど」

自席でスマホをいじっていたカンナは、視線はそのままに、親指だけを立てた。

「がってん! ちょいまち!」

私の母親を真似た相槌は、いつの間にかカンナの口癖になりつつある。本人が気に入っているなら別にいいけど、何が良いのかよくわからない。

「よっしゃ終了! 芙由いこ――ッ!」

ガタンッ、と派手な音を鳴らして立ち上がったカンナに一歩引いた時、私だけでなく、教室中がざわついた。

「あーいたいた。芙由」

呼ばれて振り返ると、すぐ背後にいた成弥くんが白けたように目を細める。
みんなが反応したのはコッチか。

「……コイツ何してんの?」
「足打って悶てる」
「あっそ。お前ら立て看板班だよな? 今日1年は休みにしたから伝えといて」
「えっ、ちょっ」

言い逃げしようとする成弥くんに手を伸ばす。

「ん? どした?」

掴まれた腕を解こうともせずキョトン、と見つめ返されて、ため息が零れた。

こういうふとした何気ない仕草も、王子様と呼ばれる要因の一つなのだろう。成弥くんは近寄りがたいオーラがあるのに、実際には誰も拒まない。

「なんでいきなり休み?」
「追加のペンキ発注すんの忘れてたから」

この一切悪びれない姿勢こそ、私が知っている成弥王子だけど。

「……リレーの件、まだ成弥くんを恨んでるからね」
「うわぁ、しつこい」
「お金チラつかせるとかズルイ」
「アーホ。あれはお前らを本気で走らせるためじゃん。実力がなきゃリレーには選ばれてねぇよ。んじゃ」

ヒラヒラと手を振って去っていく成弥くんを見ながら、もう一度ため息を吐く。

成弥くんはオレ様タイプな人間だけど、それが彼の全てではない。と、時折……極々稀に思う。

「芙由ってさ、ウチの兄ちゃん嫌い?」
「まさか」
「じゃーまぁ、どっか寄って帰りますか!」

何の脈略もないカンナの誘いに頷くと、黒板に連絡事項をでかでかと板書してから、私達は日頃通っているカフェへ向かった。



「芙由っ! 外ヤバイ雨だよ」