サボるつもりは微塵もありません、と言えば嘘になる。けど今のはズルイ。図らずも先生に借りが出来てしまっている現状で、何か言い返せるわけがない。



「――っしゃ、芙由行くよ!」
「はいはい」

休み時間に片足突っ込んで5限目が終わると、急いでTシャツへ着替え、ジャージを羽織り、4階分の階段を駆け下りる。

組対抗リレーは体育祭の目玉であり、プログラムの最終種目として組まれているらしい。バトンを繋ぐのは、各学年男女2名ずつと各クラス担任の計15名。必然的に練習は表立って行われるし、多少の観客も集まる。と、成弥くんが言っていた。

実際はというと――うん、ほぼほぼ本当。

「カンナ、芙由。お前ら本気で走れよ?」

グラウンドに出ると、ジャージの裾をふくらはぎまで折り上げた成弥くんが寄ってきた。観客の半数以上が女子なのは、たぶんこの人のせいだ。

「成弥くん、気合い入ってるね」
「あー。師匠曰く、本気のほうがギャップ萌えするってさ。俺は80パー頑張るからお前らは110パーずつな。じゃなきゃ、学校中に黒歴史をバラす」

相変わらず思考は黒いが、なんというか、風に揺れるクリーム色の髪がとにかく眩しい。太陽の影すらない曇天なのに。

「なんで兄ちゃんのためにウチらが頑張んのさ! てかマジで師匠ってなに?」

成弥くんは妹からの質問には答えず、リレーメンバーへ集合の合図を出した。

普段はテキトーな成弥くんが団長をやっているだけでも意外なのに、この態度。リレー選抜の件はからかわれただけだと思っていたが、どうやら違うらしい。

まあ確かに、真剣な顔でみんなをまとめている姿は、いつもより格好良く見える……気がしなくもない。

「お兄さんのやる気、凄いですね」
「春先生もそうおも――わッ! 春先生!」

学年毎に並ばされた私の背後から聞こえてきたのは、確かめるまでもなく一糸先生の声だった。だが、前にいたカンナが振り向きざまに大声を上げたせいで、つい私まで振り返っていた。

「てか、えっ、春先生が髪まとめてるのヤバイ!」

いつもなら、名前を連呼しているカンナに呆れるところ。でも先生の姿は、それすらできない破壊力があった。

ジャージは登山の時と同じ物なのに、お団子ヘアにするだけで、ここまで印象が変わるものなのか。
……先生のことは一切好きじゃないけど、この無造作に束ねられた黒髪から漂う色気は、私でも否定しようがない。

「おお! 先生それ、男のオレでもそれは惚れる!」
「走るには邪魔なのでまとめただけですよ」

一糸先生が陽平の褒め言葉を受け流しても、カンナの声に導かれた観客は黄色い声を上げ続ける。

今回のリレーには陽平と要も選ばれたので多少警戒していたが、それどころじゃなくなった。旧校舎の屋上で一緒に昼休みを過ごしているとバレれば、きっと敵が増える。もしかしたら、成弥くんよりも――。

「椎名さんどうしました? 顔怖いですよ」

半身を捻ったまま、先生をもう一度見上げる。

「……先生って身長いくつですか?」
「えーっと、185くらいですかね。椎名さんは?」
「4月の測定で164でした」

場しのぎのどうでもいい話題に、一糸先生が苦々しく笑う。

「お互い、イメージ先行型で苦労しそうですね」

ルックスは申し分なくて、性格もまあまあで、まだ見たことはないが絵も上手。加えて、いかにも『運動できます!』というスタイルで登場して――。

欠点が一つもない人間なんて存在するのだろうか。