さっさと諦めて。そう思う一方で、ずっと気になっている事がある。

今回みたいな問題行動が発覚した場合、通常は学年主任や生徒指導の先生が出てくるはず。さっきの一糸先生の言葉を信じるのは癪だが、この人は本当に、2人の間だけで話を終わらせるつもりだろうか。

「誰を庇ってるんですか? 榎本さん? それとも他の誰か?」

先生は膝からほど近い位置に肘を掛け、私の返事を待つかのように、ただじっとこちらを見る。前のめりになった姿勢は揺らぐことがなく、両足を架けるように組まれた長い指が解かれることもない。

そして先生は、またため息を吐く。今度は大きくて、深い。

「もういいです。本当の事を話してくれないのは、僕がまだ信用に値しない人間という事でしょうから。でも一つだけ言っておきます。椎名さんが出した答えは、本当に正しいと思いますか?」

正解も不正解もない。どちらか選べと言われたら、カンナが濡れ衣を着せられる前に回避できたのだから、正解だろう。

「後々になって正直に話したところで、ただの後付けだと思われて誰も味方してくれませんよ」

そもそも先生なんて、都合が良いときにしか味方になってくれないくせに。

「何か心に引っかかる事があるなら、その時に言葉にしておく方が自分のためです。じゃないと、どんどん窮屈になっていきますよ」

いまさらだ。私は学生という身分だけで、十分に窮屈さを感じている。

「……終わりですか? 私、部屋に戻りますけど」
「はいどうぞ。タバコは僕から返しておきます。沢村先生のものですよね?」
「そうだと思います」

私が口にした唯一の事実に、先生はニッコリと微笑み返す。同時に私の中では、危険信号が灯った。

――この人はたぶん、曲者(くせもの)

「あっ、椎名さん。僕の立場でこんなことを言うのはアレですけど、椎名さんは素直な方が可愛いですよ」
「――――ッ!」

突飛で場違いな発言のせいで、反射的に言葉にならない声が出た。

――――この人、嫌いだ!

「失礼しますっ」

先生に背を向けながら挨拶し、一目散に部屋へと戻る。

あの顔、あの声、あの余裕。全部嫌い。

優しく微笑んだ一糸先生の瞳は、男性であること、そして大人であることを物語っていた。優美とも妖艶とも言えるその笑顔を見て、自分はまだまだ子どもなのだと思い知らされた。

だから最後、たかが挨拶ですら先生の顔を見れなかった。

……翻弄されているみたいで悔しい。

…………悔しいけど、その気持ちは変わらないけど、でも、どうしても引っかかっていることがある。

ロビーで向かい合っていたとき、先生は端から私じゃない誰かを探ろうとしていた。私が『自分のです』と押し通しても、その姿勢は最後まで変わらなかったのだ。

なぜ、私を疑っていなかったのか。いくら考えてもわからない。

一体あの人は、私達のどこを見ているのだろうか――。



寝付き最悪な夜が明けて、宿泊研修最終日。さらには、通常授業が始まってから十数日。てっきり停学処分でも下るかと思っていたのに、生徒指導室に呼ばれることもなく、私の高校生活は凪そのものだった。

つまりは、カンナを庇おうとした私は、一糸先生に庇われたってこと。