苛立ちを抑えながら、それでも強気な姿勢で臨戦する。

「今ですか?」
「はい、急ぎでして。でもここではアレなので――」
「他に誰も居ませんし、ここで手短にお願いします」

私が言葉を遮ると、一旦は困ったように眉をひそめたものの、先生は少しだけ上体を屈めた。

「申し訳ないのですが、今から荷物検査をする必要がありまして。それで、あの……やっぱり僕じゃない方がいいですか?」
「は?」

先生が変に口籠るせいで、余計にイライラする。

「えっ、と……ですね。ほら、バッグの中を見せて貰うわけで」

挙動不審なウェーブヘアを睨み上げようとして、ハッとした。

「本当は内々に済ませたいのですが、女性の先生に頼むべきかと迷ってまして」

完全に墓穴を掘った。私は部屋へ潜入するために、この人にサニタリー用品の存在をチラつかせた。だから私が『丁度良かった』のだろう。

だが、そんな事はこの際どうだっていい。

いま重要なのは、“今から荷物検査が行われる”ということ。タイミング的にも、先生が探そうとしている物は例のタバコだろう。女性の先生がいいと言えば、少しでも時間稼ぎになるだろうか。

……いや、無理だ。既に犯人探しが始まっている以上、いまさら隠しても、“何もなかった”ことにはできない。

「荷物検査は必要ないです」
「え?」
「たぶん、探してる物は私が持ってます」

唐突な自白にポカンと口を開けたままだった先生が、一瞬の間を置いて、真剣な眼差しへと変わる。

「夜、ロビーで待ってます。皆さんが寝たのを確認してからでいいです。持ってきて貰えますか」
「はい」

部屋に戻ると3人組が何やらヒソヒソと喋っていたが、私は構わずトートバッグを拾い上げ、カンナをお風呂へ誘った。もう、どうでもいい。



――深夜0時過ぎ。

昼間の登山が嘘だったかのように、眠気は全く感じない。

「このまま朝まで粘りますか?」

誰の寝息も届かないロビーで向かい合ってから、既に10分は経っただろうか。

「椎名さん、なにか話して貰わないと。僕を困らせたいだけですか? それとも、2人きりの時間をわざと長引かせてます?」

一定のスパンで何度も疑問符を投げかけられ、テーブルのタバコから視線を上げる。目が合った先生は、ゆっくりと瞼を伏せつつ、小さくため息を零した。

「すみません、今のは冗談です」
「…………」
「どうして事情を説明してくれないんですか? 僕としては、ここだけで事態を収拾させたいんですけどね」

戻ってきた真摯な視線を受け止めながら、同じく凛とした態度で返す。

「説明も何も、これは私のです」
「そればっかりですね。正直に言ってくれないと困ります。こんな問題を起こしたところで、進学就職の邪魔にしかなりませんよ?」

でたよ。大人の切り札、『未来』について。

もう聞き飽きた。その話題は、お腹いっぱい。自分がやりたい事も、何が向いているかもわからないのに、その先の話を持ち出されても何の現実味もない。

「事実しか言ってませんし、他に言う事もありません」