「頼まれれば誰だってやると思いますけど」
「でもほら、実際に動いてくれてるのは椎名さんだけです」
「一人で事足りますから」

淡々と返事をしながら、徐々にスムーズに動くようになってきたお玉で、カレーに円を描き続ける。

「フッ、そうですね。ありがとうございます」

取って付けたようなお礼なんて要らない。
私はただ、誰もが面倒くさがることでも、グチ一つ零さずに笑顔で請け負うほうがカッコイイと思っているだけ。自分のイメージを保つために、“こうありたい”を実践しているにすぎない。

……まあ、こんなことを正直に打ち明けたところで、私の理想を地でいくこの人には理解できないだろう。

持ってきたボウルと一緒に、放置されていた調理用具まで洗い始めるとか。面倒なことを率先してやっているのはどっちだ。

「…………」
「…………」

黙々と洗い物を続ける先生を横目に、早くあっちへ行け、と念じながらカレーを混ぜる。その思いが通じたのか、何度目かの念を飛ばした時、一糸先生の背後に沢村先生が立った。

何やら耳打ちされた一糸先生が手を止め、ジャージのポケットからタバコを出す。と、その瞬間、運悪く一糸先生と目が合ってしまった。

「……沢村先生、タバコ貰いに来たんですか?」

沢村先生が遠ざかったのを確認してから、チラリと一糸先生を見る。

椎名芙由(●●●●)にとって、場しのぎの会話はお手のもの。それが苦手な相手だったとしても、問題ない。

「ええ。自分のが行方不明らしいです」
「そんなに良いですかね、タバコって」
「良し悪しはわかりませんが、嫌いだったら吸ってませんよ」

そっか、と一度は頷いたものの、ふと疑問が過ぎった。

――――タバコが行方不明?

私と裏ボスがピーラーを探していた時、沢村先生は中庭でタバコを吸っていた。そして車に向かうことになり、ジャージの上着と一緒に、タバコもベンチに置いていったはず。

宿泊棟は施錠されていて入れない。でも、あの3人組は桜井先生と一緒だった。

マズイ。考えれば考えるほど、悪い方へ想像が膨らんでいく。

なんの確信もないけど、自信ならあるんだ。
裏ボス達がこちらを敵視しているのは、ほぼ間違いない。なにより私が想定できている時点で、絶対にありえない、はあり得ない。

今から中庭へ行って確認している時間はないだろう。出遅れた分を取り戻し、なおかつ先回りするとしたら、やるべきことは一つ。
善は急げって言うけど、悪事こそ速やかに、だ。

「先生。今って、部屋に戻ることできますか?」
「今ですか? 基本は許可してませんが、どうかしました?」
「ちょっと、取りに行きたいものが……」

下腹部に軽く手を添え、恥じらったように俯く。
男性教師が相手なら対処法は簡単。サニタリー用品を連想させれば、こちらの勝ち。

「部屋の前までは僕が付き添いますが、良いですか?」

鍋の火を止めた私は、クラスメイトにカレーが温まった旨を伝え、一糸先生と一緒に宿泊棟へと向かう。

ドアの前まで来ると先生は、ここで待っていますので、と言いながら鍵を開けた。

部屋へ入ると、壁際にまとめられたバッグの中から、まずは自分の物を探す。
中身が散乱するのもお構いなしに漁ってみるが、見当たらない。サイドポケットにも何もなし。

――――とすれば。