「ピーラーってありますか? 沢村先生に訊けば分かると思う、って」
「ピーラー……」
「野菜の皮むくヤツです」
「ああ、あれな! 調理道具の予備が車に積んであるから見てみるか」

まだ長いタバコをかなぐり消した沢村先生は、脱ぎっぱなしのジャージやタバコをベンチに置いたまま走り出した。

「どっちか一人ついてこぉーい」
「えっ! あっ、じゃあ私行ってくるよ」
「ありがとう」

裏ボスのお礼に素早く頷き返し、急いで沢村先生の背を追いかける。

まあ、ピーラーがあれば作業がラクになるのは事実だし?
どっちが行くか、なんて相談している余裕はなかったし? 

見晴らしの良さに助けられながら懸命に走り、この状況に納得できるだけの理由を並べていく。普段ならため息一つで流せただろうけど、ゆっくり息を吐けるスピードではない。

――――と、遠いッ。

案の定というべきか、車に着くやいなや、私は脇腹を抑えて項垂れた。見た目は立派なおじさんの沢村先生は、実は体育会系らしい。

「ほい、これな」
「あっ……は、はい」

優に10個以上のピーラーが入った箱を受け取ると、呼吸を整えつつ、今度はのんびりと来た道を引き返す。

「宿泊研修は楽しいか?」
「そうですね。登山は疲れましたけど」
「はははっ!」

豪快ともガサツとも言える笑い声は、ため息を隠すにはピッタリだ。

「……何でこんな事を?って思うだろ? でも大人になってみると、今日の思い出話で盛り上がってたりするんだよ」

沢村先生が顔を綻ばせる。どうやら、この一瞬で30年近くの時間を遡ったらしい。

「もしかしたら、今回の経験を活かせる時が来るかもしれないしな」

諭すような口ぶりからして、沢村先生はたぶん気づいていないのだろう。こっちは聞きたくもないワードが飛び交うせいで、既に辟易しているというのに。

この人もまた、私達の“いま”を、不透明な未来へ勝手に結びつける大人の一人だ。

――――胸クソ悪い。

洗い場へ帰ってくると、沢村先生の指示に従い、各クラスにピーラーを配る。
ついでに裏ボスの姿も一緒に探してみるが、あの艷やかな黒髪を見つけるよりも先に、箱の中身が空っぽになってしまった。

裏ボスが桜井先生と談笑しながら戻って来たのは、ジャガイモの処理を再開して程なくしてからのこと。あの3人組が揃い踏みなのは……仲が良いから、ということにしておく。

「ピーラーあったのね」
「うん」

裏ボスと会話らしい会話をしたのはこれが最後。

――そして、予定時刻より少し遅れて夕食が始まった。



キャンプファイヤーのやぐらはないが、心地良い風と広い夕焼け空、手作り料理があれば気分は自然とアガっていく。誰が言い出したのか、レクリエーション的なノリで、各クラスの“カレー食べ比べ審査会”も立ち上げられた。

絶えず笑い声が続くなか、審査会メンバーからの要望に応え、冷めてしまったカレーを再度火にかける。

「ちょっと意外です。椎名さんは面倒な事も率先してやるタイプなんですね」

そう声をかけてきたのは、空のサラダ用ボウルを洗い場へと引いてきた一糸先生だった。