緑の非常灯があるということは、中庭へ続くドアもあるのだろうけど――。

何度目かわからないため息を吐き、渋々従う。こうなったら、大人しく説教を受けるしかない。

私が中庭へ出ると、先生は灰皿を経由したのちに、一度広がった2人の距離をゆっくりと埋めていく。

「昼間休んだせいで眠れませんか?」
「……そうですね」
「体調は?」
「大丈夫です」

予想とは違う、穏やかな低音ボイス。相変わらずこの人は掴めない。

「それが訊きたくて呼んだんですか?」
「あ、すみません。タバコに火を点けたばっかりだったので。あと、これ」

そう言って差し出されたのは、【のど飴レモン味】とプリントされた1粒のキャンディだった。
私はこれに対して、どう反応すれば良いのだろう……。

「それ桜井先生に貰ったんですけど、椎名さん体調崩してたし、よければどうぞ」
「はぁ」
「というか、ハッカ系に味が付いてるの、実は苦手なんですよね」

気まずさを誤魔化すように笑った先生は、顔を背け、タバコを口へと運ぶ。

「私も好きではないです」
「え、じゃあチョコミントは?」

それは、真剣な眼差しでする質問だろうか。

「……基本苦手です」

先生は一緒ですね、と微笑むが、この人が何をしたいのか全くわからない。懐かない生徒の好感度アップが目的? それとも本当に、生徒思いの先生なのか。

「そういえば桜井先生は?」
「…………。もしかして、ロビーでの会話聞いてました?」

灰皿へと向かう先生の背中から目を逸らす。質問を質問で返すのは、ズルい。

「えっと――」
「ああいうの、面倒くさいですよね」

私の声に被せられた呟きに、一瞬耳を疑った。

「恋は盲目って言いますけど、色恋に関係なく、いくつになっても場を(わきま)えない人っていますからねぇ」

私は一糸先生のことをよく知らない。でも、一糸先生らしくない発言に聞こえた。

「あ、呼び止めてすみません。これで風邪ひかせたら意味ないですね」
「……いえ。じゃあ戻ります」
「はい。のど飴は誰かにあげちゃってください」

軽く頭を下げると、先生を残して部屋へと戻る。

温かみをチラつかせる瞳に、柔らかい笑みを形作る口元。優しい物腰も加われば、信頼の置ける人かもしれない――と勘違いさせるには十分だ。

でも私は、そんな人も簡単に手のひらを返すと知っている。

私達の価値観は、大人には受け入れられない。いくら親しくなったと感じても、相手が大人である以上、平等な友好関係は存在しない。
私は絶対に、一糸先生に手懐けられたりはしない――。



オリエンテーション宿泊研修2日目。誰かさんのせいで寝不足な私は、歩行訓練という名の登山に、開始直後から音を上げそうになっていた。

「ふたりともおはよーっ」

生徒の列が次第にばらけてきたころ、背後から声をかけてきたのは、この眩しい新緑がよく似合う南くん、と要くんだった。

「朝からちょー元気だね!」
「榎本さんもじゃん! 椎名さんは体調平気?」
「うん、心配かけちゃってごめんね」