「ねぇ、椎名さんは?」
「え?」
聞き手に徹していた私を名指ししたのは、カンナの向かいに座っていた子だった。
艷やかな黒髪ロングヘアに、同じく黒々とした睫毛と瞳。カンナの美しさを“洋”とするなら、彼女は“和”だ。
たぶんこの子も、自分の容姿に相当の自信を持っているタイプだろう。
「椎名さんの気になる人、南くん?桐谷くん? それとも春先生?」
箸を手放した和風美人が頬杖をつくと、他の2人は瞬時に押し静まった。
んー。どうやら私の読みはハズレで、こっちが本当のボスらしい。……というか、裏ボス?
「私もイケメンの彼氏は欲しいけど、あんま話してないし、よくわかんないかな」
こんなときは当たり障りない返答で濁す。無意味に敵視されるのだけは避けたい。
「ハハッ! だよね、仲良くならなきゃ分かんないよねッ」
キノハラさんの軽い相槌が入り、カンナがテーブルの下で私の足を小突く。言いたいことは分かるよ、と小突き返した時、意図せず裏ボスと視線がぶつかった。
彼女は何も言わず、ぽってりとした唇に笑みを浮かべるだけ。
……なんだろう。虫が好かない。
夕食後の自由時間で分かったことだが、宿泊棟は各クラス男女2部屋ずつに分かれており、私とカンナは裏ボス達と一緒だった。しかし、彼女達は消灯間際まで部屋へ戻らず、暗がりでのお喋りも直接は絡んでいない。
寝息の合唱がはじまって程なくして、つま先立ちでそっと部屋を出る。
消灯後の徘徊は禁止でも、お手洗いなら許されるだろう。
「春先生、巡回終わりました?」
「あ、桜井先生。お疲れさまです」
物音一つしない通路に響いてきた先生達の声。咄嗟に、というか本能的に、ロビーへと続く曲がり角で身を潜める。
べつに悪い事をしているわけではないが、接触は極力避けたい。
あの担任がこの先で待ち構えているなら尚更だ。
「春先生って熱心ですよね。相変わらず人気だし、子ども達の扱いも上手いし」
「いや、人気なら桜井先生でしょ」
「私はナメられてるだけですよー」
「僕も似たような感じですよ。なかなか難しいです」
桜井先生というのはたしか、4組担任の若い美人先生だったはず。私に言わせれば、ちょっと女度が強めの準ミスタイプ、ってところ。
「あの、良かったら今度一緒に――」
どうやら、ロビーにいるのは一糸先生と桜井先生の2人。おまけに桜井先生の方は、女モード全開みたいだ。
…………アホらしい。
嘲るように息を吐くと、ロビー横にあるお手洗いへと再び歩き出す。邪魔しないように、なんて配慮するだけムダなので、足音も気にしない。
担任が誰と何をしていようと、どうでもいい。
――どうでもいいが、用を済ませて部屋までの道中、ガラス張りの壁面越しに中庭を眺めていて、また足を止めてしまった。
街灯の下でベンチに座る人影――それは、黒のロングTシャツにスウェットパンツ姿の一糸先生だった。問題なのは、先生がひとりだということ。
周囲を警戒した矢先、桜井先生の気配を見つけるよりも先に、一糸先生がこちらを向いた。
…………タイミング最悪。
ベンチから腰を上げた先生が手招きして、ガラスを隔てて距離を縮める。
私が微動だにしないと、今度は左手に持ったタバコを示し、そして通路の先を指差した。
「え?」
聞き手に徹していた私を名指ししたのは、カンナの向かいに座っていた子だった。
艷やかな黒髪ロングヘアに、同じく黒々とした睫毛と瞳。カンナの美しさを“洋”とするなら、彼女は“和”だ。
たぶんこの子も、自分の容姿に相当の自信を持っているタイプだろう。
「椎名さんの気になる人、南くん?桐谷くん? それとも春先生?」
箸を手放した和風美人が頬杖をつくと、他の2人は瞬時に押し静まった。
んー。どうやら私の読みはハズレで、こっちが本当のボスらしい。……というか、裏ボス?
「私もイケメンの彼氏は欲しいけど、あんま話してないし、よくわかんないかな」
こんなときは当たり障りない返答で濁す。無意味に敵視されるのだけは避けたい。
「ハハッ! だよね、仲良くならなきゃ分かんないよねッ」
キノハラさんの軽い相槌が入り、カンナがテーブルの下で私の足を小突く。言いたいことは分かるよ、と小突き返した時、意図せず裏ボスと視線がぶつかった。
彼女は何も言わず、ぽってりとした唇に笑みを浮かべるだけ。
……なんだろう。虫が好かない。
夕食後の自由時間で分かったことだが、宿泊棟は各クラス男女2部屋ずつに分かれており、私とカンナは裏ボス達と一緒だった。しかし、彼女達は消灯間際まで部屋へ戻らず、暗がりでのお喋りも直接は絡んでいない。
寝息の合唱がはじまって程なくして、つま先立ちでそっと部屋を出る。
消灯後の徘徊は禁止でも、お手洗いなら許されるだろう。
「春先生、巡回終わりました?」
「あ、桜井先生。お疲れさまです」
物音一つしない通路に響いてきた先生達の声。咄嗟に、というか本能的に、ロビーへと続く曲がり角で身を潜める。
べつに悪い事をしているわけではないが、接触は極力避けたい。
あの担任がこの先で待ち構えているなら尚更だ。
「春先生って熱心ですよね。相変わらず人気だし、子ども達の扱いも上手いし」
「いや、人気なら桜井先生でしょ」
「私はナメられてるだけですよー」
「僕も似たような感じですよ。なかなか難しいです」
桜井先生というのはたしか、4組担任の若い美人先生だったはず。私に言わせれば、ちょっと女度が強めの準ミスタイプ、ってところ。
「あの、良かったら今度一緒に――」
どうやら、ロビーにいるのは一糸先生と桜井先生の2人。おまけに桜井先生の方は、女モード全開みたいだ。
…………アホらしい。
嘲るように息を吐くと、ロビー横にあるお手洗いへと再び歩き出す。邪魔しないように、なんて配慮するだけムダなので、足音も気にしない。
担任が誰と何をしていようと、どうでもいい。
――どうでもいいが、用を済ませて部屋までの道中、ガラス張りの壁面越しに中庭を眺めていて、また足を止めてしまった。
街灯の下でベンチに座る人影――それは、黒のロングTシャツにスウェットパンツ姿の一糸先生だった。問題なのは、先生がひとりだということ。
周囲を警戒した矢先、桜井先生の気配を見つけるよりも先に、一糸先生がこちらを向いた。
…………タイミング最悪。
ベンチから腰を上げた先生が手招きして、ガラスを隔てて距離を縮める。
私が微動だにしないと、今度は左手に持ったタバコを示し、そして通路の先を指差した。