「……親切だね」
「うん、カッコいい! 春先生の授業休むとか、芙由は勿体ないことしたねー」

カンナの足取りを見るに、どうやら美術の授業は相当楽しかったらしい。それを裏付けるように、次の書道体験が始まっても、ヒソヒソ声での報告が延々続いた。

私は惜しいことをしたのか。それとも、下手に感化されなくてよかった、と安心するべきか。
自分でもよくわからない感情を混ぜ合わせて、墨を摩る。

「てかさ、ゴメンね。話を上手く逸らせなくて」
「え?」
「ほら……芙由って自分のことはあんま話さないけどさ、でも元彼の話って楽しくはないじゃん?」

真剣な口ぶりでそう言ったカンナは、筆をプルプルと震わせながら、真っ白なままの半紙と睨み合っていた。

「最初にバスケの話を出したの、あの子達じゃん」
「ん……うん。でもさ、なんて、ゆーかさ……よしっ、できた!」

カンナが満足気に筆を置くのを見届けてから、今度は私が筆を走らせる。

「あの子らってさ、南くん達のこと狙ってるっぽいよね」
「あ、……カンナも気づいた?」
「だって芙由がいなくなってからも、ずーっと2人を質問攻めだよ? 南くんのアイコンタクト的には、ウンザリって感じだった」

面白いくらいに、その時の光景が目に浮かぶ。

「ウンザリじゃなくて、助けてかもよ?」

筆を硯の横へ置きながら返事をすると、カンナの大きな瞳が縦に開かれた。

「えぇー。それは言ってくんなきゃ助けらんないよー」

肩を落として嘆くカンナは、一体どうやって助けるつもりだったのか……?
気にはなるけど、ここは黙って流す。カンナは心の赴くままに動くタイプなので、からかい続けても面倒くさくなるのがオチだろう。

カンナの手元にある半紙の、生き生きとした【色男】の文字に関しても同じ。誰のことか想像できる以上、あえて追求はしない。

「芙由、機嫌なおったみたいだね」

私が半紙に書いた【飯】を見て、カンナが笑う。

この唐突な、飛び石のような会話もそうだ。改めて訊かなくても分かる。聞かなくても、なんとなく伝わる。――たぶん、お互いにそんな感覚を持っている。


夕食の時間になり、食堂の入り口で例の女子3人組と鉢合わせてしまった瞬間も、その“なんとなく”が発動した。

「椎名さん、カンナちゃん! また一緒に食べない?」
「いーよー。席空いて……あっ、南くん達は誘ってないし、5つでいいのか!」

カンナから伝わってくる冷ややかな温度に、頬が上がらないよう唇を引き結ぶ。嫌味まで披露するなんて珍しいので、気を抜いたら笑いが漏れかねない。

「2人ってさ、もしかして、南くんか桐谷くんを狙ってんの?」

5人揃って腰を下ろすと、私の正面に座った子が真っ先に口を開いた。

ああ、そういう事か。
いきなりの牽制には驚いたが、おかげで分かった。ミディアムボブを上品なダークカラーに染めているこの子が、3人組のボスだ。

「ないない。ウチも芙由も、もっと上を狙うからね」
「上って? もしかして一糸先生?」
「それはアリ! 春先生カッコいいよねー」

ダークカラーのボブヘア……ボブ美、暗子、キノコ・ハラグロ。……キノハラさん?

「一糸先生は無理だよぉ。子どもの相手なんてしないって」
「でもさ、先生と生徒って憧れるじゃん!」

私がボスのあだ名を考えている間に、カンナの声が弾んでいく。
まぁ、これでこそカンナだ。