楓の側で何度も体験してきたから分かる。こういうグイグイ系は、下手したらこちらへ攻撃をしてくるタイプだ。彼らに関心がないなら、必要以上に親しくしないほうが身のため。

「そういえば、南くんと桐谷くんってバスケやってたんでしょ?」
「うん、ジュニアからね。高校でもやる予定だよ」

にこやかに答える南くんと、ただ頷き返す要くん。そんな2人の反応に、心がざわついた。

近隣の中学出身らしいので、“もしかしたら”の可能性を考えずにはいられない。

「試合あるとき教えてね、応援行くよ!」
「マジ? でもオレ達1年だし、すぐは出れないと思うよ?」
「いいじゃん! 行く行く!」

楽しげな彼女達をよそに、席を立つための理由を探す。

彼女達のあからさまな態度に引いているのか、普段は底なしに明るいカンナも、いつの間にか黙って箸を動かしていた。

「あ、訊きたかったんだけど、椎名さんと榎本さんって萩原(●●)と同じ中学だよね?」

――――ああ。

最も回避したかった話題をぶっ込んだ南くんは、きょとんと首を傾げた。

なぜだろう。ふと湧き起こる不安は、避けたい思いが強いときほど現実になる。
こんなとき、“神様はいない”と思うか、“神様は意地悪だ”と思うか。私は前者だ。

――私の大切なモノに、これ以上他人を介入させたくない。それが神様でも。

「南くん達も知ってるほど有名なんだ? 萩原もやるねぇ」

心なしか、カンナの声はいつもより落ち着いていた。

「そうそう! 萩原ってすげーバスケ上手いよな」
「高校もバスケの推薦だったはずだよ」
「ウワサで聞いた! また試合できるの楽しみなんだよなー、なっ要!」

カンナのおかげで会話はスムーズに流れているのに、心が淀んでいく。

コート上の楓は輝いていた。余裕綽々で笑っているかと思えば、気迫に満ちた指示を出し、フリースローを打つ前はフッと表情を消す。その頼もしさの裏にあった先輩との亀裂も、重責への葛藤も、周りには悟らせないようにしていた。

楓の努力が評価されるのは嬉しい。でも今は、どうしても虚しさが勝ってしまう。
まるで、大切な思い出が黒く塗り潰されていくみたいだ。

麦茶を飲んで誤魔化してみても、気を抜いたら涙が溢れそうで、怖い。


――――えっ?

賑やかな会話がただの喧騒に変わっていくなかで、ふいにジャージの裾をクイっと引っ張られた。

太腿に触れる“何か”に、さり気なく視線を落とす。そこにあったカンナの手は、憩いの場所探しへ出発した時と同じく、親指を立てたGOサインだった。

「ゴメン、なんか食欲ないから先戻るね」
「え、椎名さん大丈夫?」
「うん。ゴメンね」

トレーを手に立ち上がると、こちらを見上げたカンナが優しい表情で微笑む。

「芙由、イケメンだらけのクラスになったからダイエット?」

わざとらしく茶化すカンナを腰で軽く小突き、私はそのまま席を離れた。

GOサインに対する解釈が正しかったのかはわからない。分からないけど、心強かった。

昨日までの『ハギワラ』発言はさておき、カンナはカンナなりに気を遣ってくれたのだろう。楓との出来事は未だにはぐらかしたままだが、それでもやっぱり、カンナは特別な存在だ。

……だからこそ、その優しさに触れると、嘘をついていることが後ろめたい。