「やっぱり、とあちゃんかい。無精頭の男と女の子が揉めてるみたいだ、って酒樽持ってきた兄ちゃんが言うから……って、芙由?」

いつも快活なおじちゃんの声が不安を帯び、私の名前を呼ぶ。

「大丈夫だよ」

さりげなく頬の涙を拭いながら立ち上がった私は、精一杯の笑顔を作った。だが、この場を繕うための言い訳が浮かばない。

「あー……なんかコイツ体調悪いらしくて。うずくまってたから声かけたんだよ」

先に口を開いたモッさんは、私の視界を断つように一歩前に出た。

抑揚のない声で。面倒くさそうに背中を丸めて。
――――なんで。

「おっちゃん、コイツの家近いんだよね? ちょっと送ってくるわ」
「担任の先生いるから呼んでこようか?」
「いいよ、他にもたくさん生徒いるんだし。戻ったらビール一杯奢って」

そう言うとモッさんは店の中へ戻り、数分とせず、丈の長いモッズコートを羽織りながら私の側に立った。

「芙由、とあちゃんに送ってもらえ。な? 信頼できる(やつ)だから心配すんな」

この状況に戸惑いはあるが、選択肢は他にない。私が頷くと、おじちゃんは『とあちゃん、頼んだよ』と片手を上げて店へ引き返した。

「おい、行くぞ」

おじちゃんが居なくなった途端、モッさんはすぐさま背を向けて歩き出す。

「あ、あの、一人で帰れるんで。(うち)ここから5分くらいだし、適当に時間潰して貰えれば」
「いいよ別に。ビール一杯分の仕事はする」

一応会話は成り立っているが、モッさんは振り返りもしないし、足も止めない。仕方がないので、少しずつ開いていく距離を埋めるために、ボリュームを上げてもう一度声をかける。

「あの! 家そっちじゃない……です」

あ、止まった。

「突っ立ってないで早く来い」

ようやくこちらを見たかと思いきや、またモッさんが離れていく。……逆だと聞こえなかったのだろうか。

「あの聞こえてました? 家逆です」

早足でモッさんを追いながら再度同じことを伝えるが、反応がない。にもかかわらず、私が真後ろまで来たタイミングで唐突に足を止めるので、勢い余ってぶつかりそうになってしまった。

「……何がいい?」
「はい? 聞こえてました? 私の家は向こ――」
「だから、何がいい?」

指差し付きの訴えさえ意に介さないモッさんは、コートのポケットに両手を突っ込んだまま、側の自販機に向けて顎をしゃくった。

「早くしろ」
「え、じゃ、じゃあ……ホットのカフェオレ?」

強引さに圧されてしまい、自販機の明かりが映し出す光景を呆然と眺める。高身長がもったいない猫背、モサモサ頭。雑な親切も含めて、色々と残念なおじさんだ。
熱いから早く受け取れ、なんて言動を“気遣い”と呼べるかは微妙だけど。

「あのぉ、私のい――」
「うるせぇ。いいから来い」

――――うるさい? 来い、って何様よ?

どう考えても解せない状況だが、何を言っても聞き入れて貰えないようなので、黙ってスモーキーグリーンの背中について行く。次にモッさんがピタリと止まったのは、数十歩進んだ後のこと。

そこは小さなころからよく遊んでいた、私の家から1番近い公園だった。