眼の前から消えた笑顔を取り戻すために、あっけらかんと笑う。

「私も高校始まったら新しい彼氏見つけるよ、同じ高校のイケメン!」

念押しに強気に微笑むと、ようやく楓の顔もわずかに綻んだ。

「……うん。じゃあ、気をつけて帰れよ」
「あ、楓ッ……バスケ、頑張ってね」
「それ何回目だよ」

呆れたように笑った楓が去っていく後ろ姿を、しっかりと見届ける。
もしかしたら振り返るかもしれないから、まだ気を抜いちゃダメだ。弱そうな姿は見せない。そんな姿は“私”らしくない。


店の扉が完全に閉まると、糸が切れたようにうずくまる。

別れたいと言ったのは私。決めたのは私。なのに、涙が止まらない。

「……ふっ……うぅっ」

私達が恋人でいたのは1年足らずだった。そして、同じくらいの時間を楓に片想いしていた。でも知り合ってから数えると9年近くが経ち、思い出はとめどなく溢れてくる。

卒業式だってジーンとくるものはあったけど、泣きはしなかった。瞳を赤くしながら泣きじゃくるカンナを見ても、永遠の別れではあるまいし、とどこか一歩引いた場所に自分は立っていた。

大丈夫、客観的に見ればいい。もう納得してる、割り切れてる。

――――泣き止め。泣き止め。

「おい、邪魔。いい加減どけ」

必死に自分へ言い聞かせている最中、いきなり飛び込んできた暴言に、反射的に顔を上げる。

「店の真ん前でしゃがみ込むなよ」

声を目で辿ると、石段に飾られた大きな鉢植えの陰に座っている人がいた。メガネを覆うほどのモサモサ頭の人だ。

「ぁ……モッさん……」
「は?」

咄嗟に出てしまった呼び名が聞こえたのか、聞き取れなかったのか。どちらにしろ、モッさんの声は不機嫌さを隠そうともしていなかった。

なんで……えっ、なんで?
いつから? 見られてた?

予想外な人物の登場にあ然としていると、頭を抱えたモッさんが荒々しくため息を吐く。

「おい聞いてる? 終わったんならそこどけ。店に戻れんし、寒い」
「……すみません」

無意識のうちに出た謝罪は、威圧的なモッさんに対する苛立たしさと、少しの恥ずかしさが入り混じっていた。

「高校生になるんだったら他人の迷惑くらい考えれんだろ? つまんねぇ話のために入り口塞ぐなよ」

私の雑な謝罪が癇に障ったのか、モッさんの靴音が近づくにつれ、その口調も強くなっていく。

「おーい、聞いてる?」
「…………ッ」
「って、号泣かよ」

目線を合わせるように私の側で屈むと、モッさんは頭を傾げた。思わず顔を背けても、先程の不機嫌さとはまた違う嫌悪感がひしひしと伝わってくる。

「はぁ……なんで公衆の場でそんな泣くかな。だからガキは――」

モッさんの嫌味はそこで止まった。というより、ガラガラと重い引き戸の音が遮った。それが何を意味するのか瞬時に察してしまい、急加速した鼓動の波がこめかみを打つ。