フェンスを背に並んで腰を下ろすと、ランチの準備をしつつ、気になっていた疑問をぶつけてみる。

「兄ちゃんに聞いた。2年前に同じことやったんだって」
「成弥くん達は使ってないの?」
「んにゃ、去年までは使ってたらしいよ。でも3年は無敵だからもう要らないってさー」

なんとも成弥くんらしい。常に自分が主人公で、楽しければオールオッケーで。

「他の子達が来ないように、『不良が溜まってる』とか『オバケ出る』とか、ウワサまで流して確保したんだって。だから、もったいないし使えって言ってたよ」

補足情報に疑問符が過ったせいか、吸い上げたカフェラテが喉を通りながらゴクリと鳴った。

「……あのさ、最初からここに来れば良かったよね?」
「え? 兄ちゃんのおさがりって何かイヤじゃん?」
「兄弟いないし、それわかんない」

説明されたところで腑に落ちない。さっきまでの努力は何だったのか。

私の視線に気づいたカンナは、サンドイッチを頬張りつつ、にんまりと笑った。

「まーいいじゃん! それより芙由も食べな」

呆れながらも、私もサンドイッチのフィルムを開ける。何はともあれ、榎本兄妹のおかげで自分達だけの場所が出来たのは事実だ。

「――――あ」

ふいに目の前の扉が動き、サンドイッチのために開いた口から声が零れた。

「あれ? ……何だか今日は縁があるみたいですね」

こんな縁があってたまるか、とすぐさまカンナを小突く。

「春先生! なんでココにいんのー?」
「ここは僕の秘密の場所だったんですけどね。先客が居るとは思いませんでした」

飄々と登場し、にこやかに微笑む我らが担任。人払いしてあるという話だったのに、よりにもよって、なぜこの人なのか。

「アハハッ! 全然秘密じゃないよー。ここはウチの兄ちゃんに聞いたんだもん」
「お兄さん……ああ、なるほど。3年の榎本君はお兄さんでしたか」

なんだか居心地が悪い。誰が悪いとかではないから、余計にモヤッとする。

「僕がここでタバコを吸ってるのは秘密にして下さいね」

先生は口元で人指し指を立てると、ズボンの後ろポケットからタバコの箱を取り出した。どうやら、居座るつもりらしい。

「何でわざわざここで吸うんですか?」

皮肉っぽい言い方をしてしまったが、悪意はない。あくまでも査定だ。

一応釘を刺してはいるものの、生徒の前で躊躇いもなくタバコへ火を点ける。あなたのソレは、距離を縮めるための作戦ですか? 素ですか? あなたもやっぱり、教師ですか?

「僕は一応新任ですからね」

穏やかな口調で答えた先生が、風で揺れる黒髪を左耳へ掛け直す。

「ほかの先生達と一緒じゃ、何かと気を遣って息抜きどころじゃないんです。あ、内緒ですよ?」
「ガッテンしょーち! そーだ、春先生コレ食べていーよ」

クロワッサンを勧めるカンナに、先生は笑顔だけを返した。そして気遣いほどの距離を置いてカンナの隣へ、風下のほうへ立った。

口外しないよう念押しするのに、嘘で誤魔化している感じはしない。むしろ、先生の態度があっさりし過ぎているせいか、私達の存在なんて在って無いようなもの、という素振りにすら見える。

一体どういう人物なのか。

朝から様子見を続けているのに、なんだか掴みどころがない。