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八月二日、晴れ。


うだるような暑さのなか、梨央奈と並んで歩いている。頭上から照りつける太陽に、梨央奈はさっきから不満ばっかり言っている。

「なんでこんな真夏にテニスの試合があるわけ? これじゃあメイクが崩れちゃう」

「会場は屋内だから涼しいと思うよ」

「にしても遠過ぎ。選手はいいよね。学校のバスで会場入りできるんだから」

三つ離れた駅にある県営の競技場はアクセスが悪い。市営のバスを降りてからもう十分は歩いている。遠くに見える建物がちっとも近づかない。

「でも碧人、一年生なのにすごいよね。今日の試合にぜんぶ勝てば、県の代表になるんだって」

「そりゃすごいけどさ、あたしまだほとんどしゃべったことないし」

「これを機会に仲良くなるといいよ」

「これを機会に、ねぇ」

梨央奈が急にニヤニヤし出した。

「前から思ってたんだけど、実月って碧人さんと幼なじみの関係だけじゃないでしょ? 本当は好きだって認めちゃいなよ」

こういう質問には慣れっこだ。

「碧人はただの幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもないから。つき合ったりしたらいつか終わりが来るでしょ? 友情のほうが長く続くんだから」

まるで自分に言い聞かせているみたい。

「それってさ、長く続くのならば恋人同士のほうがいい、ってふうにも聞こえるけど?」

「違うって。そうじゃなくて――」

反論を途中で止めたのは、うしろからすごい勢いで救急車が音をかき鳴らして追い抜いていったから。一台だけじゃない。遅れて二台の救急車とパトカーまで。

なにか事故でもあったのかな。そう尋ねたいのに、なぜか言葉が出てこなかった。

足元から悪い予感が這いあがってくる気がして、歩幅を大きくする。

「待ってよ。あたし、走れないって」

梨央奈の文句もかまわず、競技場へ急ぐ。

会場の建物の前にある大きな交差点。さっきの救急車やパトカーが停まっている向こう側に、街路樹をなぎ倒して停車しているトラックが見えた。

その手前、横向きに倒れているバスが見えた。

あれは……うちの高校のバスだ! 

悲鳴が聞こえる。救助されているのは、碧人と同じテニス部の男子生徒だった。

「え……ウソ」

目の前に立ち入り禁止のロープが設置された。

「入らないでください。下がってください!」

警察官の声が頭を素通りしていく。割れたガラスや、バスの部品が散らばっている。

事故だ……。バスが事故に遭ったんだ。

「碧人……」

その名前をつぶやき、ロープをくぐってなかへ。

バスから出ている黒煙にむせながら、碧人を探した。

そんなはずはない。こんなこと、起きるはずがない……!

誰かが私の肩をつかんできたけれど、無理やり引きはがした。

「碧人……碧人っ!」 

バスが青いシートに覆われていく。隙間から、(たん)()に乗せられる人が見えた。

シーツのようなものに覆われていて誰かわからない。

と、シーツから覗いている左の足首に、あの色が見えた。

赤色と青色と黄色の丸い輪っか。勝負に勝てるように、と願いをこめて作ったあのミサンガが――。

「心拍反応なし!」

救急車に乗りこむのと同時に、救急隊員のひとりが碧人に馬乗りになるのが見えた。人工呼吸をする姿を呆然と見ているうちに、ドアが閉められる。

梨央奈が駆けつけてくれたとき、私はその場所に座りこんでいた。

そこから先は、なにも覚えていない。