それは、期末テストの最中に起きた。

最後の科目はいちばん苦手な『介護福祉基礎』。瞳が予想してくれた問題がたくさん出題されていて、最後の問題まである程度答えることができた。答案用紙を見直していると、机ごと水に浸かったような感覚に陥った。

青色の光が答案用紙に落ちている。瞳も窓の外へ目を向けているのがわかった。

青空にぽっかりと丸い穴が開いている。真昼の月は薄い青で、秒ごとにどんどんその色を濃くしていくみたい。これは旧校舎に幽霊が現れる合図。

よかった。もう一度、旧校舎に行くことができるんだ。ナイトや幽霊に会える。そして――碧人もきっと来てくれる。

あきらめようと思ったとたん出てくるなんて、青い月も意地悪だ。同じくらい感謝もしているけれど。

最後に碧人と楽しく過ごそう。笑い合って、一緒に幽霊の思い残しを解決して、終わったらこの気持ちも忘れよう。

テストが終わると同時に、瞳が私を廊下に呼んだ。

「久しぶりに出ましたね」

「うん。しかも濃くなるスピードが速い気がする」

「かなり速いです。よほど強い思いの幽霊なんでしょうか?」

廊下も海のなかにいるみたいに青くゆらめいている。これが私にとって最後の使者としての役目になるのならがんばらなくちゃ。

気合いを入れると同時に、瞳の表情が浮かないことに気づいた。

「どうかした?」

「申し訳ないんですけど、今日は実月ひとりで行ってもらえますか?」

「え? なにか用事?」

てっきり一緒に行ってくれるものとばかり思っていたから驚いてしまう。

「用事はありません。碧人さんとふたりで会ったほうがいいと思うんです」

ああ、そうか……。ふたりで会ってちゃんと終わらせることを応援してくれているんだ……。

なにも行動には移さないと決めたけれど、今日で気持ち的には区切りをつけ、ただの幼なじみに戻りたい。

「ありがとう。そうしてみるね」

こめかみを押さえながらうなずいた。

「頭痛、治ってないのですか?」

「最近はずっとこんな感じ。きっと幽霊に会う副作用なのかも」

おどける私に、瞳はキュっと口をつぐんだ。なにかおかしなことを言ったのかな、と不安になってしまう。

しばらく黙ってから瞳はおずおずと気弱に私を見た。

「たぶんもっと前からだよ。去年くらいから、たまに顔をしかめてたから」

「ああ、そうかも……。一度病院に行ったほうがいいかな」

そんな話をしていると、トイレから出てきた葉菜がやってきた。

「昨日はごめんね。一緒に予習したかったんだけど、三井くん恥ずかしかったみたいで」

「三井くんといい感じだね」

昨日のふたりはまるで恋人同士のようだった。

ひょっとして告白をされたのですか?」

瞳の問いに、葉菜は「まさか」と目を丸くした。

「ただの友だちって感じだよ。昨日もわからないところをお互いに聞き合うくらいで、終わったらさっさと帰っちゃうし。別にいいんだけどね」

ちっともよくない、という雰囲気をにじませている葉菜がいじらしい。

恋をしてから、葉菜はよくしゃべるようになった。机に突っ伏していたのが夢だったかのように、いつもニコニコしている。

恋に勝者と敗者がいるのなら、間違いなく葉菜は前者で、私は……。

違う。私だって、前向きな気持ちで碧人との関係をリセットするのだから。

自分に言い訳をしている気分になってしまう。

「いい天気だね。梅雨も終わったのかな」

太陽みたいにまぶしい笑顔の葉菜に、もう青い月は見えていない。あえて言う必要もないだろう、と瞳と視線で会話をした。

テストの返却期間が終われば、夏休みになる。旧校舎ともお別れ。

いろんなことが終わる夏が、もうそこまで来ている。