梨央奈と校門の前にあるバス停で別れた。

私の住んでいるマンションは駅と逆方向にあり、ここから歩いて十分ちょっとの距離。『ツインタワー』という愛称で知られていて、東棟と西棟に分かれて いる。昔はこの街でいちばん背の高いマンションだったそうだけれど、今では旧校舎と同じく古い建物という印象。

この高校には地元からの生徒も多く通っているけれど、専門学科であるうちのクラスメイトは電車通学をしている子が多く、バスを使って駅へ向かう子がほとんど。帰り道に同じ制服の生徒を見かけても、たいていが普通科の生徒ばかりだ。

小さな交差点の赤信号で足を止める。住宅地と同じくらい畑や田んぼが広がっていて、まさに田舎の風景という感じ。

海へと続く川沿いの道に等間隔で並ぶ桜の木は、見事な花を咲かせている。

「不思議だよな」

すぐうしろで声がして、思わず息を()んだ。ふり返るといつの間にか碧人が立っていた。

「びっくりした。急に声かけないでよ」

うれしいのに、いつもそっけない返事をしてしまう。

「そっちが勝手に驚いただけだろ。うしろにずっといたのにさ」

澄ました顔で碧人が隣に並ぶから驚いてしまう。

「え、一緒に帰るってこと?」

「話をしないのは、学校限定の約束だろ?」

約束じゃなく、あれは決定事項のような言い方だった。

学校で話さないようになってからも、棟は違えど同じマンションに住んでいるので、会えば変わらずに話をしてきた。

風の形を教えるように、碧人のやわらかい髪が揺れている。その向こうに見えるなんでもない景色さえ美しく瞳に映る。

――嫌だな。

ずっと碧人と話がしたい、ってそればっかり考えている。

なのに、こうして会うと逃げ出したくなってしまうのは、自分の気持ちがバレてしまいそうで怖いから。

同じマンションに住むただの幼なじみ。そういう人は何人かいたけれど、碧人とは特に気が合った。男女の性別を越えた仲だと思っていたし、彼も同じだったと思う。

けれど、中学二年生の夏休み、私は自分の気持ちに気づいてしまった。

会うたびに想いが大きくなり、会えない日にはもっと大きくなった。去年、『学校では話しかけないでほしい』と言われてからは、手に負えないほどにまで想いがふくれあがっている。

碧人があんなことを言ってけん制したのは、私の気持ちに気づいたからかも……。

動揺を悟られないように、「で?」と首をかしげてみせた。

「なにが不思議なの?」

「俺、そんなこと言ったっけ?」

きょとんと目を丸める碧人に、思わず笑ってしまう。

「ほんと、碧人って忘れっぽいよね。『不思議だよな』って話しかけてきたでしょ」

「あ、そっか」

思い出したらしく、碧人が私に視線を合わせた。

「桜の花って不思議だな、って。絵で描くとピンク色だけど、実際に見ると白色にしか見えない」

「そんなこと考えてたわけ? ほんと、碧人ってヘンだよね」

本当は『好き』だって伝えたい。でも、そうしたら二度と話してくれなくなる。

「どうせ俺はヘンだよ」

歩行者信号が青に変わった。横断歩道に進む碧人に数歩遅れてついて行く。

……怒ったのかな?

「でも、(かわ)()(ざくら)とかはピンク色だよね?」

斜めうしろからフォローの言葉をかけた。

恋をしていることに気づいてから、私は私じゃなくなった。

気持ちがバレてしまわないように冷たく接したあと、嫌われたんじゃないかと不安になることのくり返し。

「河津桜はテレビで見たことがある。たしかにピンク色だった。まあ、この辺じゃ見かけないけど」

碧人がほほ笑んでくれたから、それだけでうれしくなる。
 
横断歩道を渡り切ったところで、碧人が急に足を止めた。空を見渡した彼が、なにかを見つけてうれしそうに笑った。つられて目を向けると、今朝よりも薄くなった月が浮かんでいた。

「やっぱり月が出てる」

「月? あ、ほんとだ」

初めて気づいたかのようにうなずいてみせた。

「でも、青い月じゃないんだよな」

残念そうに碧人がつぶやいた。

青い月。そう、私も空を見るたびに青色の月を探しているけれど、中学二年生のとき以来、見つけられていない。

碧人が「なあ」と顔を向けてきた。

「『青い月の伝説』、覚えてる?」
 
忘れるわけないよ。私が碧人を意識した最初の瞬間のことを。